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「おれはイズルみたいだと思った」
「…何がですか?」

どうやら、いつもと違うのは見た目だけじゃないらしい。話が飛んでる。機嫌が悪いというか…何て言うんだろう。

「桜」
「桜?」
「捕まえに行くとすぐ逃げちまう」

…ああ、桜の花弁。わたしみたい。桜が。逃げるから。…待って待って待って待って待って。待って。

「ちょっと待ってください」
「何だよ」
「…その、…聞いてたんですか?」
「おれが桜みたいだって?」
「嘘でしょ!?」

立ち上がろうとした所を、イゾウさんの手が絡めとる。背中が熱い。密着度が高い。待って。無理。逃がして。

「そういうのは面と向かって言えよ」
「嫌ですよ!姉さんにだって言うつもりなんかなかったんだから!」
「あんまり暴れるとはだけるぞ」
「…っ、」

声が首を擽る。そこで喋るのやめてってば。髪がないから、余計に。そんでもって見るな。襟の重なった部分を纏めて握れば、ふ、と笑ったような息がかかる。今ぞわっとした。やめて。

「イズル」
「…何ですか」

ぎゅう、と。腹に回る腕がきつくなる。何か、変だ。いや、わたしはいつも通り、既にいっぱいいっぱいなんだが。何か、…しおらしい?

「そんなこと言うなら、おれの傍にいてくれよ」
「そんな、ことって?」
「桜が好きだの何だのと言った挙げ句、おれが桜みたいだって?」
「…なるほど」
「なるほどじゃねェよ、馬鹿」

桜=好き。桜≒イゾウさん。なら、好き≒イゾウさんになる。てこと?数学って役に立つんだね。ちょっと冷静になった。でも、わたしは別に桜に恋してるわけじゃないぞ。

「あの、イゾウさんのことは好きですけど、それが恋とか愛とかって聞かれると何とも答えられなくてですね」
「何でもいい」
「何でもいいって…じゃあ、イゾウさんが言ってた好きは何ですか?」
「愛」

重いのが即答で返ってきた。それ一番難しいんだけど。家族愛だって友愛だって、何なら兄妹愛だって。

「馬鹿なこと言う前に言っておくが、おれはイズルを女として愛してる」
「えっ、あ、はい。すみません」

馬鹿なこと言おうとしてごめんなさい。でも、そんなこと言われたら、わたしは同じものは返せない。

「…あの、イゾウさん、」
「おれはイズルが応えられるまで、待つ気はねェぞ」
「はい?」
「お前がおれと同じだけ、同じもんを返せるわけねェだろ。自惚れんな」

それは、…仰る通りですけど。わたしがイゾウさんに並べるのなんて、百年経ったって無理でしょうけど。

「イズル、愛してる。返さなくていいから受け取ってくれよ」
「イゾウさ、」
「おれは、イズルがいてくれりゃそれでいい。貰ってばっかりが不満なら、イズルのこの先の人生をおれにくれ」
「…ああ言えばこう言う」
「お互い様だろ」

貪欲なようで、そうでもないようで。あの手この手で、わたしが欲しいと言う。やめて、泣きそう。そんなに好いてもらえるような、そんな大層な人間じゃないのに。

「わたしの人生って、そんなにずっと一緒にいてくれるんですか」
「オヤジほどじゃなくたって、イズル一人愛し抜くぐらいの器量はある」

瞬きと同時に睫毛が濡れた。悲しくはない。けど、嬉しいとも何か違う。心臓から、指先まで痛い。涙と血液は同じ成分だって、誰かが言ってた。痛くて痛くて堪らない。

「…恋とか愛とか、わかんないけど。イゾウさんの傍が、一番安心するんです。今言えるの、それだけなんですけど」
「充分だ」

頬にちゅ、と熱が灯る。温かい背中とか、圧迫感とか。腹を括れば、それらが酷く心地よくて。何だか捕まった気分だ。逃げる気にもならないくらい。



***

「…何でもう少しの我慢ができねェんだよ」
「いや、嬉しくてつい…」
「おめでとうございます!」
「やっとくっついたのね」
「これで駄目なら、イゾウの甲斐性を疑うところよ?」
「部屋割り変えてあげましょうか?」
「どうする?」
「いや、もう、あの、勘弁してください…」




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