50 |
暖簾をくぐれば、温度が下がった。火照った体には気持ちいい。素晴らしきかな浴衣。逃げるみたいに出てきちゃったけど、逆上せかけてたのは嘘じゃない。ゆっくりしてってくれ。そしてそのまま忘れてくれ。 「髪。ちゃんと乾かせ」 湯殿から出た所の椅子に座ってたら、声をかけられた。誰だ。いや、見覚えなくはないし、わたしの知らない人がいるわけないんだけど。でも。 「…イゾウさん?」 「あ?」 えっ、あっ、違った?合ってるよね?紅は引いてないし、髪形も違うけど。 「お前、おれを何で判断してんだよ」 「いや、いつもの恰好しか見たことがなかったので」 美人さんだとは思ってたけど、こうしてみると男前さんなのね。羨ましい限りだわ。半分寄越せ。できれば美人の方が欲しい。 「髪」 「え?ああ、一応滴が落ちないくらいには拭いたんですけどね」 「まだ濡れてんだろ」 「…まあ、濡れてはいますけど」 いつも姉さんがやってくれるから。甘えすぎって?うるさい。わかってる。やってくれるんだもん。別にできないわけじゃないけど、自分でやるほど愛着ないんだもの。 …と、言いたいのは山々だけれども。イゾウさんの視線がうるさいから、仕方なしに自分で髪を拭う。面倒くさい。短くなったとは言え、乾くまで拭く根気も気力もない。外に出たら風で乾くかな。怒られそうだけど。 「貸しな」 「はい?わっ、」 片手の上で遊んでいた手拭いが頭に被さってきた。拭いてくれるんですか。ありがとうございます。何か機嫌悪いですね。 「櫛は?」 「…たぶんエルミーさんが持ってます」 うわあ、何かえらい身形のなってない人みたいになった。違う。だってやってもらえるの嬉しいんだもの。籠を漁れるほどは図太くないし。自分の櫛買えよって話なんだけどさ。手櫛は通したからいいかなって。 「おれのでいいか?」 「持ってるんですか?」 「一応な」 …イゾウさんが持っててわたしが持ってないのはまずくないか?それは、一応、女として。どっかで買おう。…あ。 「イゾウさんて何か欲しいものとかあります?」 「…急にどうした?」 「いっつもお世話になってるから。姉さんたちにも何か買いたいなあと思って」 「イズル」 「はい?」 頭拭くのって、癖というか、個性出るね。姉さんたちは勿論上手だし、イゾウさんのも心地好い。…エースさんには、あんまりお願いしたくないなあ。 「イゾウさん?何ですか?」 名前を呼ばれたのに続きがない。何かあった?あんまり高いものとか買えないんだけど。 「…自分で聞いたんだろ」 「何をですか?」 「欲しいもんねェかって」 「あ、はい。何かあります?」 「だからイズル」 「…は?」 「イズルが欲しいって言ってんだよ」 …え、あの、…は?いや、そういう話じゃ、待って待って待って。待って?頭を拭く手が止まったから、振り返ってみた。何その顔。何でそんな、顰めっ面してんの。 *** 「おれ、そろそろ限界なんだが…」 「水風呂行ってこい」 「イゾウ隊長と上がれば良かった…」 「これいつまで耐えりゃいいんだ…?」 「イズとイゾウのお話に割り込めるんならどうぞ?」 「無理っす!」 「ふふ、わたしたちはそろそろ上がりましょうか」 「えっ、ちょっ、駄目です!イゾウ隊長の邪魔しないでください!」 「あら、意外と慕われてるのね」 「イゾウ隊長の機嫌を損ねたら!おれたちが死んじまう!」 「…違ったみたいよ?」 「イゾウらしいわ」 |
prev / next 戻る |