36


空は快晴。所により恐々。何言ってんのかよくわかんないと思うけど、わたしもよくわからない。

「赤髪だァ!」

甲板で日向ぼっこしていたら、見張りの兄がそう叫んだ。アカガミって、…赤紙?召集令状?そんなのあるの?

「お前は中入ってろい」
「はあい?」

お疲れ顔のマルコさんに言われ、船内に入る。敵襲とは言わなかった。し、臨戦態勢ともちょっと違うみたい。

「おう、どうした?」
「赤紙?だって」
「へェ!あの野郎も暇な奴だな!」

野郎なんだ。てことは人か。ラクヨウさんが楽しそうに甲板へ出ていく。出て行って、戻ってきた。

「イズも試してみるか?」
「は?何を?」
「赤髪の覇気」
「破棄?えっ、ちょっと」

マルコさんに中入ってろって言われたんだけど!あんたいっつもそうな!本当に人の話聞かないんだから!

引っ張り出された甲板は、妙に張り詰めていた。ぴりぴりする。総毛立つってこういう感じだろうか。

「覚悟しろよ。やべェのくるぞ」
「…」

それは、わかる。何か足元から這い上がってくる。空気の読める日本人だ。あんまり上手じゃなかったけど。

その、真っ赤な髪が見えて、息が止まった。音が遠い。瞬きひとつできない。いっそ目を瞑ってしまいたいのに、瞼はぴくりとも動かない。酷く寒くて鳥肌が立つ。機銃掃射ってこんな感じだったんだろうか。いや、知らないけど。目の前に空いた黒い穴が、近づいて来るのを待ってるような。ああ、死ぬんだなって。…死ぬんだなって?
いやいやいやいやいや。待って。やだよ。こんなとこで死んでちゃ堪んないよ。見たいものも、やりたいことも、知らないことも、まだまだたくさんあるんだから。わたしは、

「…ォ、し……げ!…んきそ…じゃ…ェか!」
「て…ェ、この…まつどう……て…れんだ…い!」

気がついたら、座り込んでいた。身体中汗びっしょりで、掌には爪の痕がついている。生きてる?…生きてる。何か話してるのが聞こえる気がする。

「おー、無事か」

そう、顔を覗き込んできたラクヨウさんがにやにや笑っていた。無事かって、無事に見えるのか。お前わかっててやったな。

「ふざけんな!無事かって無事じゃねェわ!死ぬかと思った!」
「だはははは!でも死んでねェじゃねェか!お前すげェな!」
「あんたいっつもそう!人の話を聞け!わたしを慮れ!」
「んな難しいこと言われたってわかんねェよ」

体の震えが止まらない。襟を破れんばかりに引っ掴んで、揺すっても揺すっても笑うばかり。何なら、揺すった反動でわたしの手が外れそうだ。ふざけんなよ。死ぬとこだよ。笑い事じゃねえよ!

「何でこいつがここにいんだよい」

ふ、と影が差した。怒っている。怒っているけど、わたしも怒っている。だってわたしの所為じゃない。

「こいつがわたしを引っ張り出した!」
「すげェだろ!ちゃんと意識あんだぜ!」
「あんたの功績じゃない!勝手に誇るな!」
「いやいや、おれが引っ張り出したからこそだろ?正直、無理だと思ってたけどな、」
「ラクヨウ」

あっ、温度下がった。いけ。やれ。とっちめてしまえ。

「お前いい加減にしろよい」
「…うっす」
「お前も中戻ってろ」
「…無理」
「あ?」
「…足立たない」
「あァ…」

あーだよ、本当にこの野郎。恥ずかしいったらないわ。こんな目に遭ったんだから、ちょっとくらい優しくしてくれてもいいんじゃない?いいと思う。甘いもの食べたい。

「おい、イゾ、」
「待って待って待って!立つ!自分で動くからそれだけは止めて!」
「…まだ拗れてんのかよい」
「まだって何ですか」
「おれが運んでやろうか?」
「あァ、任せ…あ?」

ひょい、とマルコさんの後ろから、真っ赤な髪が覗いた。赤髪。かみって髪ね。さっきの死ぬような思いは殆ど絶対この人の所為だと思うけど。その人懐っこそうな笑みからはその残滓すら感じられない。怖。二重人格?

「女の子がいるとはなァ…悪かった!」
「…謝っていただかなくて結構です。こいつの所為なので」
「おいおい、兄貴を売り飛ばす気か?」
「自業自得だわ。ちょっとは反省しろ」
「はは、気の強ェやつだな!」

しゃがみ込んだ赤髪が、わたしを軽々持ち上げた。この人もわたしを女児か何かだと思ってる。

「あれで意識あるってのはなかなかのもんだ。お前、うちに来ねェか?」
「やらねェ」
「おう、ならマルコも一緒にどうだ?」
「行かねェよい!」

何、この人。誰。何してる人。うちってどこよ。

「失礼ですけど、どちら様ですか?」
「あァ、おれはシャンクス。お前のオヤジと同じ海賊だ」

はあ、さいですか。うちに来いって、要するに引き抜きね。何考えてんのか知らないけど、行かねえわ。



***

「イゾウ、行かなくていいの?」
「…あァ」
「ふふ、何か避けられてるんだって?良かったじゃん、意識してもらえて」
「嬉しくねェな」
「だよねー。でも、そうやって余裕かましてたら逃げられちゃうんじゃない?」
「逃がすわけねェだろ」
「…もしかしたら、赤髪に横取りされちゃうかもね?」
「あの野郎…」
「そんな顔すんなら行ってくればいいじゃん」




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