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「やだ!やだってば!」
「イズ、騒ぐと余計目立つわよ」
「騒がなくても目立つじゃない!お願い、部屋帰らして!」

食堂の扉までもう少し。両手をしっかり掴まれて、連行されている。何でヒールなんだ。踏ん張りが効かない。
散々こねた駄々もさらっと流されて、もう成す術がないのもわかってる。それでも嫌。すれ違う兄の視線が痛い。

「もう、いつもの度胸はどうしたのよ」
「それとこれとは全然違う!無理!恥ずかしくって死んじゃう!」
「ちゃんと蘇生してあげる。安心していいわよ」

できない!
そう叫ぶよりも早く、食堂の扉が開いた。せめて。せめてさ?心の準備とかそういう配慮ないの?ねえ?鬼の所業よ?何なら鬼も真っ青。

「見せた!帰る!」
「何言ってるの。駄目に決まってるでしょ」
「わたしの人権返して!」
「欲しいものは自分で奪い取るものよ?」

鬼!散々騒いだ所為か、開けた途端…否、開ける前から。視線はこっちを向いていた。さっさと立ち去ろうとしたわたしを捕まえて、逃げ場どころか行き場もない。もう充分でしょ。わたしのライフはマイナスだぞ。死ぬ。視線に殺される。

「可愛いじゃん。よく似合ってるよ」
「やめてやめてやめてやめてやめて」
「あは、照れちゃったの?かわいー」

照れる云々の前に恥ずかしいんだわ!優れたものを見せびらかすのは結構だけど、大して優れてないものを曝しまわしてここは地獄か!放っといてくれ!

「ねえ、恥ずかしがってないでこっち向きなよ」
「お断りします」
「何でさ。折角可愛いんだからよく見せてよ」

あー、この野郎、ハルタさんかこの声!完全に遊んでる。まじでむかつく。人の気も知らないでと言うか、人の気を知っててやってるから非常に質が悪い。リタさん。そろそろわたしの腕に痕が残りそう。離して。

「っあー、サッチ!腹減っ…何だ?」

勢いよく開いた扉と、たぶん外で何かやってたんだろう。びしょ濡れのエースさんと目が合った。それはもう、ばっちり合った。

「イズ?可愛いじゃねェか!」

いつもの笑顔で、当たり前のように。わたしの顔にかかった髪を横に流して、…何だこの人。そんなことできんのか。いっつも髪ぐしゃぐしゃにする癖に。

「いつもの服もいいが、そういうのもよく似合ってる」

予想外の対応に唖然としてるうちに、やたら近い所で声がした。次いで、頬っぺに柔らかい感触。は、え、待って。なに、今何した。

「あ?おーい、イズ−?」
「うるさい!」
「はは、何だ、元気じゃねェか」
「元気じゃないですよ何考えてんですか!」
「あ、もうすぐイゾウも来るな。おれと逃げるか?」
「一人で逃げます!」

横をすり抜け部屋まで走る。どいつもこいつも、どいつもこいつも!人が慣れてないからって!



***

「はは、振られちまった」
「また走って…転ばないのは流石と言うべきかしら?」
「今日はどうしたんだ?」
「あんまり無頓着だから、可愛いって自覚させようと思ったのよ」
「あー…、でもまァ、あれは自覚がないから可愛いんじゃねェの?」
「そうとも言うわね」
「イゾウに見せ損ねちゃったわ」
「大丈夫だろ。なァ?」
「問題ねェ」




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