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今日も今日とて、モビーは平和である。叩きつける雨も、雷も、風も、どんな自然災害もモビーには敵わないらしい。

「ねえ、リップは何色がいい?」
「これは?」
「こっちも似合うと思うけど」

揺れる船の上で、姉さんたちは器用だ。素直に尊敬するけど、だからってわたしで遊ばないでほしい。

「はい、ちょっと上向いて」
「ん…」

されるがまま、唇の上を筆が滑っていく。露出の多い服にばっちりのメイク。自分でだったら絶対着ないし、できない。けど、楽しくないとは言わない。人に見せるんじゃないんなら。

「髪はどうする?巻く?」
「折角ならアップにしたいわ」
「ハーフの方がいいんじゃない?」

…テンポが速いよー。何なら、時々何話してんのかわかんなくなる。好きにしてくれていいけどさあ。自分でどうなってるのかわかんなくてちょっと怖いんだけど。

「はい、できたわ。靴はこれね」
「はあい…」
「あら、ヒールも履けるじゃない」
「そりゃ、履いたことくらいあるもの…」

立って。歩いてみて。横向いて。後ろ回って。言われるがまま、狭い部屋の中をくるくるくるくる…。姉さんが楽しそうでわたしも嬉しいよ。嬉しいけど。

「やっぱり船長に見せに行きましょ」
「やだ!部屋の外には出ない約束!」
「だってこんなに可愛いのに」
「揺れる船の中でそんなにいっぱい歩けません」
「あら、じゃあイゾウに来てもらいましょ。抱えてってもらえばいいわ」
「やめて!勘弁して!」
「ふふ、本当は苦手じゃないでしょ?歩き方がヒール慣れしてるもの」

…そりゃ、可か不可かって言われたら可ですよ。歩けないわけじゃないけどさ。ここから父さんのとこまで、誰にも会わないわけがない。姉さんくらい美人さんなら別だけど、わたしは普通ですよ。普通。特別醜いとも思ってないけど、他人様に見られて楽しむほどの余裕も趣味もないんです。それに、

「どうしてそんなに見せたくないのかしら?この前も嫌がってたわよね?」
「そういえば、船長に見せるの忘れてたわ」
「イゾウは見たのよね?」
「可愛いって言ってくれた?」

…うっ、やめて。具合悪くなる。別に言われてません。似合ってるとは言われた気がするけど。

わたしがどれだけ嫌がっても、姉さんたちに逃がすつもりはないらしい。こういうとこは兄さんたちより容赦ない。…だって、だってさ?

「可愛いって言われたら恥ずかしいし、言われなかったら言われなかったで傷つく」

意外と繊細なんです。綿で怪我をするんです。どっちに転んでも痛いなら、転ばない方がいいじゃない。

「そう…そういうこと。じゃあ、言われるのに慣れましょう」
「は?」
「さ、行くわよ。まずは船長の所からね」
「えっ、やだやだやだ!何で?話聞いてた?見せたくないんだってば!」
「諦めなさい。飛び切り可愛くしたんだから、わたしたちが自慢したいのよ」
「別に態々見せに行くことないじゃん!」

やだよ!やめてよ!そういうのわたしがいないとこでやってよ!



***

「…誰だ、今の。あんな奴いたか?」
「ちょっと可愛かったぞ」
「こら、イズ!走らないの!」
「あれでよく歩けないなんて言えたわね…」
「甲板は流石に無理だけど、食堂に大体居るかしら」
「どうせ勝手に集まってくるから大丈夫よ」
「みんなの反応が楽しみね?」
「…イズ!?」
「気づくのが遅すぎよ」
「序でに言うなら、“ちょっと”は余計ね」




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