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何やってんだろう、この人。わたしが座る箱に近づいてきたかと思えば両腕を伸ばして、いつも通りにわたしの名前を呼んだ。何してんの?機嫌はもう直ったの?何してんの?

「何してんですか?」
「こっち来いよ」
「え、やだ」

いや、もう自分で歩けるし。さっきのは不可抗力。自分から抱っこされに行くって。お忘れですか?わたしは22歳です。

「イズル」

…そんな顔されたって、やなもんはやだ。公開処刑もいいとこだわ。

「イズル、しょうがねェ兄貴に甘えてやんな」

父さんがそう言って笑う。何、さっきは味方で今度は敵なの。裏切りじゃん。
イゾウさんを見れば、まだ腕を広げて待っている。いいのか。しょうがない兄貴とか言われてますけど、それでいいのかイゾウさんよ。

箱の上から飛び降りたら、そのまま腕の中に収まった。その予定はなかった。いや、父さんに言われちゃ、聞かないわけにはいかないけどさ。わたしは、地面に着地するつもりでいたんだけど。どういうことよ。

「無事でよかった」
「…ごめんなさい?迷惑と、心配かけて」
「迷惑なんかじゃねェよ。悪かったな、怖い思いさせて」
「イゾウさんの方が余っ程怖かったですけど」
「…悪かった」

ぎゅうぎゅうに抱き締められて、些か居心地が悪い。いや、皆さん大人でしょうから?見て見ぬふりしてくださるんでしょうけど?してよ。見んなよ。何にやにやしてんだよ。

「大丈夫ですってば。いくらわたしだって、そう簡単に死にません」
「…お前、その言葉絶対忘れんなよ」

ああ、もしかしたら。危機管理能力が皆無なわたしにはわからなくても、あれは結構やばかったのかもしれない。実は、意外と。イゾウさんの方が怖かったのかもしれない。…なんて言うのは、流石に自惚れが過ぎるだろうけど。

広くて逞しい背中を、緩く摩ってみる。…ちょっ、やめて。それ以上力入れないで折れる!



***

「いいなァ。おれにも抱っこさせてくれよ」
「うちの隊員だ。勝手に触んな」
「…何だ、随分甘ェじゃねェかよい」
「イズルだからな」
「へェ?」
「この状況で寝られるようじゃ、まだまだ先は遠そうだけどなァ」
「流石に疲れたんでしょ?刃物を突き付けられて、平気なわけないわ」
「その上、隊長たちの喧嘩を目の当たりにしちゃあね」
「はは…、手ェ出す前に、姉さん方が黙ってねェってよ」
「何、ゆっくりやるさ」
「グララララ、楽しみじゃねェか」




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