28


怒っている。顔に書いてある。何でよ。どれによ。空気がぴりぴりするんだわ。

「イズル、こっち来い」
「え、嫌です。怒ってますよね」
「怒ってねェ。いいから来い」

怒ってるんだってば!雰囲気が!今回わたし何も悪くないぞ!別にわたしが自分から捕まりに行ったわけじゃない。
部屋としては広いけど走り回るには狭い食堂の中、緊張感と一緒に立ち尽くす。間には机が三つ。一気に詰めてきそうだけど。

「イズル」
「だって、今回わたし悪くなくないですか?そりゃ、迷惑かけてごめんなさいだけど、そもそも敵襲が遭ったのだって知らなかったし」
「だから、怒ってねェって言ってんだろ」
「空気が怒ってるんですってば!」

食堂に居合わせた兄が何人か、気の毒そうに見ていた。もう何人かは楽しそうにしてる。この野郎助けろ。薄情者。

焦れたのか、舌打ち一つ。たぶん絶対、それ苛々してる時しかしないでしょ!

「えっ、それ反則!」
「んなもんあるか」

間には机が二つ。別にそんな小さいわけじゃない。それを易々と乗り越えて、最短距離を詰めてくる。役に立たないな机!踏んでないのは流石です!

咄嗟の判断で、出入り口に向かって走る。折角サッチさんが何か冷たい物くれるって言ってたのに!

「おいおい、食堂で運動会するんじゃねェよ」
「サッチさん助けて!」

壁まで走って振り返る。捕まると思った。だって、すぐそこ目一杯にいるような気がしてた。のに、間にサッチさんが割って入ってる。何あれ。どうやったの。厨房にいなかったっけ。

「おい、邪魔だ。どけ」
「まァまァ、可愛い妹に頼られちゃァな?お前もちょっと落ち着けよ」
「うるせェな」
「うるせェじゃねェだろ。だから落ち着けって言ってんだ。イズびびらしてどうすんだよ」
「あいつがこんなもんでびびるかよ」

…あ、どうも。確かにそのくらいじゃびびらないけど。…なかったけど。今は、…ちょっと怖い。

「怪我してんだよ。お前が走らせてどうする」
「…わかってんだよ、そんなもん」
「わかってねェだろ!」
「わかってるっつってんだろ!」

待って。待って、ねえ、ごめんなさい。ちゃんと話聞くから。ちゃんと話聞くから止めてよ。何でそんな怒ってるの。

「お前ら、殺気撒き散らして何やってんだよい」

すぐ隣で扉が開いた。空気が入れ替わって、すとん、と脚から力が抜ける。

「おい、大丈夫か」
「…だいじょぶ」

上腕の肩に近い所を掴まれて、支えられても立てない。嘘でしょ。腰って本当に抜けるの。察したのか、マルコさんが軽々わたしを抱き上げた。情けないわ恥ずかしいわで散々だな。

「喧嘩すんのは勝手だが、時と場所を考えろい」
「まっ、待って。マルコさん待って。ちゃんと、イゾウさんの話聞くから」
「んなもん後でいいよい。お前らは頭冷えたら船長室だ」

静かに扉が閉まった。すごい。まだ体が強張ってる。

「…ごめんなさい」
「あ?」
「わたしがちゃんと話聞かなかったから?」
「放っとけ。イゾウが勝手に苛々してるだけだよい」
「…どこ行くんですか」
「あー、ナースんとことオヤジんとこ、どっちがいい?」
「…父さんのとこ」
「ならそっちにするかねい」

あんな、初めて見た。姉さんには、ちょっと言いたくない。



***

「くそっ…」
「お前何で食堂にいんだよ。頭冷やすっつってたろ?」
「水飲みに来たんだよ」
「…びっくりするほど最悪のタイミングだな」
「怪我は」
「首と頬に裂傷。どっちもそんなに深くねェ。腕はどっちも折れてたっつってたが、マルコが治療した」
「…そうか」
「本人はけろっとしたもんだがな」
「だから心配なんだろ。すぐ大丈夫って言いやがる」




prev / next

戻る