27


「…なっ、イズ!?」

ほらあ!見つかったじゃん馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!こんな情けない、しかもこんな恰好で、只で済むと思うなよ。死んだら祟り殺してやる。

「君イズって言うの?」
「無礼者に名乗る名前なんかねえわ」

ひたり、と。首に冷たい感触がした。咄嗟に浮かんだのは刃物。それで、たぶんそれは間違いじゃない。というか、首に腕を回すな暑い。

気づけば随分な視線が刺さっていた。一番最初、元自宅の玄関を開けた時を思い出す。違うのは、敵意を向けられてるのがわたしじゃないってことだろう。…わたしじゃないよね?一緒に串刺しにしてくれてもいいけど。

「取引だ!可愛い家族がぐちゃぐちゃになるところを見たくなかったら、降伏しろ!」
「は?何当事者抜きで話を纏めようとしてんのさ!」
「…君状況わかってる?君は今首に刃物を突き付けられてるんだよ?」
「生憎、人間が得る情報の90%は視覚です!見えないものなんか怖くもなんともないんですよねえ!」
「あ、そう。じゃあ、ちょっと体感してもらおうか」

ぴり、と皮が破けた感じがした。つ、とこそばいのは血が流れる感触か。縮まってる場合じゃないぞ、わたしの心臓。頑張れ。

「ちょっと!服が汚れる!」
「それどころじゃない筈なんだけど…」

何かできること何かできること。何か。わたしが兄さんたちの邪魔になっている。こんな無様な、醜態で終わって堪るか。

「ほらほら、どうすんの?イズがぐちゃぐちゃになるところが見たい?なら次は顔でも切って見せようか」

視界が一段高くなった。背後は海。目の前に刃。一か八かだ。運に頼ろう。
刃物を持つ手に歯を立てて、片足を内側から引っ掛けた。手摺の上なんて、そんな不安定な場所によくも上がったもんだ。上手くいかなかったらどうしようかと思った。

「うっ、嘘嘘嘘!ちょっと待って!」

嘘だと思うなら手を離せ!痛いわ!そんなに握ったって誰も何も待っちゃくれないんだから!ぱき、と音がした気がする。これ、骨いったんじゃ…?

ドボン、と頭から落ちた。下にこいつがいてラッキーだったかも。一人だったら首折れちゃう。緩んだ手から逃れて海面に出れば、驚くほどに騒がしい。首痛い。頬もぴりぴりする。腕も痛い。水かくの辛い超辛い。

「イズ、平気か?」
「…、大丈夫です。生きてます」
「それは大丈夫とは言わねェ」

えっ、死んでた方が大丈夫だった?魚人の兄さんに支えられ抱えられ、甲板に上がる。いいなあ。鰓呼吸。

「イズ!」
「うわっ」

誰だ!わたしが支えられるわけないだろう!飛びついてきて、後ろに倒れかけた私を見事に立て直したのは、…これエースさんだな?このネックレスに見覚えがある。

「良かった。無事で」
「…ごめんなさい?」

迷惑かけて?心配かけて?広い背中を緩く摩る。腕痛い。心配かけてごめんなさいって言うの苦手なんだよね。心配されてなかったらどうしようって。

「エース、離れろよい。イズル、傷見せな」
「あ、はい」

マルコさんの指示でその場に座って、首を横に傾ける。それよりも上着か何か欲しい。焼ける。

「あの、上着取ってきてもいいですか?」
「治療が先に決まってんだろい。おい、何か貸してやれ」

周りを取り囲む兄が、一斉に服を脱ぎだした。何それ怖い。そんなに要らない。

「ありがとうございます」
「まァ…流石にな」

一番乗りはゾノさんだった。怖い顔が更に怖くなっている。すみませんねえ、貧相で。

「腕出せ」
「はい」

掴まれていたらしいところが、見事に真っ青に腫れていた。そんなに握らなくてもさあ…わたしじゃ身動き取れなかっただろうに。

「…骨までいったねい」
「ぱきって言った気がするんですけど、折れてません?」
「折れてるよい」

うわあ、やっぱり。そんなあっさり言われると諦めがつくわ。また不便じゃん。鱗の時より大分不便じゃん。

「何か、落ちてく時にやたらと強く掴まれました」

落ち着いて、現状を認識したら余計に痛くなってきた。喋って誤魔化したい。首はいいけど、腕痛い。痛すぎて笑うんだけど。

「あいつ、能力者だろい。だからじゃねェのか」
「ああ、その能力者?って教えてください。スルスルの?何とかって。あれ何なんです、か…」

痛い。視線が痛い。知らないもんは知らないよ。やめてそんなに見ないで。

「そうか、そうだったねい…」
「イズ、悪魔の実知らねェのか?」
「存じませーん」

その、マルコさんの手のやつも何?青い火みたいな。鳥じゃなかった?

「悪魔の実ってのは、カナヅチになる代わりに特殊な能力を得られる果実だよい。おれは不死鳥、エースは炎、ジョズはダイヤモンドになれる」
「これな」

ぽ、と。エースさんが指を燃やす。燃やすというか、炎になってる。要するに、不思議なことができるようになる魔法の食べ物だな?

「その青いのも悪魔の実ですか?」
「あァ。おれのは、攻撃されても即座に治る能力だよい。他人にやる場合はそうもいかねェが…多少はな」
「…それ、マルコさんには影響ないんですよね?」
「あ?…あァ、何ともねェ」
「なら良かった。ありがとうございます」
「その代わり泳げねェけどな」
「お前もだろい」
「…じゃあ、あれもですか」

わたしが視線をやったのは、縛られて気絶して引き上げられた真緑の塊。つまり、わたしの腕をこれでもかと握ったのは海に落ちるからだと。馬鹿じゃないの。わたしは藁じゃないぞ。

「海水漬けにしてやる」

絶対に。縛って船尾に括ってやる。いや、わたしにそんな権限あるのか知らないけど。

「イズ、怖ェこと言うなァ」
「イゾウに言っときゃ、やってくれるよい」
「イゾウさん?」

何で?



***

「イゾウは?」
「頭を冷やしてくるそうだ」
「あァ…流石にあの状態でイズの前には出られねェよなァ」
「イズルがけろっとしてるからまだましかもね」
「はは…あいつ、本当に緊張感ねェよなァ。あの度胸だけは感心するぜ」
「…イゾウはどっちに怒ったのかな」
「どっちとは?」
「恰好と怪我」
「そりゃ、どっちもだろ」




prev / next

戻る