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「…なっ、イズ!?」 ほらあ!見つかったじゃん馬鹿!馬鹿馬鹿馬鹿!こんな情けない、しかもこんな恰好で、只で済むと思うなよ。死んだら祟り殺してやる。 「君イズって言うの?」 「無礼者に名乗る名前なんかねえわ」 ひたり、と。首に冷たい感触がした。咄嗟に浮かんだのは刃物。それで、たぶんそれは間違いじゃない。というか、首に腕を回すな暑い。 気づけば随分な視線が刺さっていた。一番最初、元自宅の玄関を開けた時を思い出す。違うのは、敵意を向けられてるのがわたしじゃないってことだろう。…わたしじゃないよね?一緒に串刺しにしてくれてもいいけど。 「取引だ!可愛い家族がぐちゃぐちゃになるところを見たくなかったら、降伏しろ!」 「は?何当事者抜きで話を纏めようとしてんのさ!」 「…君状況わかってる?君は今首に刃物を突き付けられてるんだよ?」 「生憎、人間が得る情報の90%は視覚です!見えないものなんか怖くもなんともないんですよねえ!」 「あ、そう。じゃあ、ちょっと体感してもらおうか」 ぴり、と皮が破けた感じがした。つ、とこそばいのは血が流れる感触か。縮まってる場合じゃないぞ、わたしの心臓。頑張れ。 「ちょっと!服が汚れる!」 「それどころじゃない筈なんだけど…」 何かできること何かできること。何か。わたしが兄さんたちの邪魔になっている。こんな無様な、醜態で終わって堪るか。 「ほらほら、どうすんの?イズがぐちゃぐちゃになるところが見たい?なら次は顔でも切って見せようか」 視界が一段高くなった。背後は海。目の前に刃。一か八かだ。運に頼ろう。 刃物を持つ手に歯を立てて、片足を内側から引っ掛けた。手摺の上なんて、そんな不安定な場所によくも上がったもんだ。上手くいかなかったらどうしようかと思った。 「うっ、嘘嘘嘘!ちょっと待って!」 嘘だと思うなら手を離せ!痛いわ!そんなに握ったって誰も何も待っちゃくれないんだから!ぱき、と音がした気がする。これ、骨いったんじゃ…? ドボン、と頭から落ちた。下にこいつがいてラッキーだったかも。一人だったら首折れちゃう。緩んだ手から逃れて海面に出れば、驚くほどに騒がしい。首痛い。頬もぴりぴりする。腕も痛い。水かくの辛い超辛い。 「イズ、平気か?」 「…、大丈夫です。生きてます」 「それは大丈夫とは言わねェ」 えっ、死んでた方が大丈夫だった?魚人の兄さんに支えられ抱えられ、甲板に上がる。いいなあ。鰓呼吸。 「イズ!」 「うわっ」 誰だ!わたしが支えられるわけないだろう!飛びついてきて、後ろに倒れかけた私を見事に立て直したのは、…これエースさんだな?このネックレスに見覚えがある。 「良かった。無事で」 「…ごめんなさい?」 迷惑かけて?心配かけて?広い背中を緩く摩る。腕痛い。心配かけてごめんなさいって言うの苦手なんだよね。心配されてなかったらどうしようって。 「エース、離れろよい。イズル、傷見せな」 「あ、はい」 マルコさんの指示でその場に座って、首を横に傾ける。それよりも上着か何か欲しい。焼ける。 「あの、上着取ってきてもいいですか?」 「治療が先に決まってんだろい。おい、何か貸してやれ」 周りを取り囲む兄が、一斉に服を脱ぎだした。何それ怖い。そんなに要らない。 「ありがとうございます」 「まァ…流石にな」 一番乗りはゾノさんだった。怖い顔が更に怖くなっている。すみませんねえ、貧相で。 「腕出せ」 「はい」 掴まれていたらしいところが、見事に真っ青に腫れていた。そんなに握らなくてもさあ…わたしじゃ身動き取れなかっただろうに。 「…骨までいったねい」 「ぱきって言った気がするんですけど、折れてません?」 「折れてるよい」 うわあ、やっぱり。そんなあっさり言われると諦めがつくわ。また不便じゃん。鱗の時より大分不便じゃん。 「何か、落ちてく時にやたらと強く掴まれました」 落ち着いて、現状を認識したら余計に痛くなってきた。喋って誤魔化したい。首はいいけど、腕痛い。痛すぎて笑うんだけど。 「あいつ、能力者だろい。だからじゃねェのか」 「ああ、その能力者?って教えてください。スルスルの?何とかって。あれ何なんです、か…」 痛い。視線が痛い。知らないもんは知らないよ。やめてそんなに見ないで。 「そうか、そうだったねい…」 「イズ、悪魔の実知らねェのか?」 「存じませーん」 その、マルコさんの手のやつも何?青い火みたいな。鳥じゃなかった? 「悪魔の実ってのは、カナヅチになる代わりに特殊な能力を得られる果実だよい。おれは不死鳥、エースは炎、ジョズはダイヤモンドになれる」 「これな」 ぽ、と。エースさんが指を燃やす。燃やすというか、炎になってる。要するに、不思議なことができるようになる魔法の食べ物だな? 「その青いのも悪魔の実ですか?」 「あァ。おれのは、攻撃されても即座に治る能力だよい。他人にやる場合はそうもいかねェが…多少はな」 「…それ、マルコさんには影響ないんですよね?」 「あ?…あァ、何ともねェ」 「なら良かった。ありがとうございます」 「その代わり泳げねェけどな」 「お前もだろい」 「…じゃあ、あれもですか」 わたしが視線をやったのは、縛られて気絶して引き上げられた真緑の塊。つまり、わたしの腕をこれでもかと握ったのは海に落ちるからだと。馬鹿じゃないの。わたしは藁じゃないぞ。 「海水漬けにしてやる」 絶対に。縛って船尾に括ってやる。いや、わたしにそんな権限あるのか知らないけど。 「イズ、怖ェこと言うなァ」 「イゾウに言っときゃ、やってくれるよい」 「イゾウさん?」 何で? *** 「イゾウは?」 「頭を冷やしてくるそうだ」 「あァ…流石にあの状態でイズの前には出られねェよなァ」 「イズルがけろっとしてるからまだましかもね」 「はは…あいつ、本当に緊張感ねェよなァ。あの度胸だけは感心するぜ」 「…イゾウはどっちに怒ったのかな」 「どっちとは?」 「恰好と怪我」 「そりゃ、どっちもだろ」 |
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