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海に出れば日常。なんて、わたしも随分馴染んだもんだ。元々は陸の人間なのにね。海なんか数えるくらいしか行ったことなかったのに。

「何見てんだ?」
「海?ですかね?」
「…見てて面白いか?」
「まあ、それなりに」

やってきたエースさんが手摺に背中を預けて座った。その隣に腰を下ろす。相変わらず服は着ないらしい。…と言ったら語弊があるか。シャツとか持ってないのかな。

「イゾウんとこはどうだ?」
「…良くしてもらってますよ。他のとこがどんなかわからないんで、比較とかはできませんけど」
「ふーん?」

えっ、何。何その含み笑い。何も面白いこと言ってないけど。

「で?イゾウとはどうなんだよ?」
「イゾウさんと?普通じゃないですか?」
「普通ねェ…それ、イゾウの上着だろ?」

ああ、これ。上陸する時に借りたやつ。あのまま他の服と一緒にくれたんだよね。結構良い生地だと思うんだけど。

「わたしの国にも、似たような服があったんです」
「へェ…」

好きだったなあ。あんまり着る機会はなかったけど。揺れる袂とか、重なる襟とか。帯とか裾とか柄とか。だからと言うわけじゃないけど、実は結構気に入ってる。何で此方に似たようなものがあるのかは知らんけど。

「…やっぱ、本当は国に帰りたいんじゃないのか?」
「え?いいえ、全然」
「でもそれ。気に入ってんだろ?」
「まあ、気に入ってますけど。それとこれとは別じゃないですか?わたしは此方の方が楽しいですよ」
「…向こうに、家族とかいたんじゃねェの?」

おお、珍しく突っ込んでくるな。ロハンさんもリリーさんも。マルコさんとかイゾウさんも、その辺あんまり聞いてこないのに。いや、単に興味がないだけかもしれないが。

「一応、いましたよ。親とか、兄弟とか、友人とか。でも、わたしにとって、それが帰りたい理由にはならないんです。此方にも、家族ができましたし」

あーあ。薄情だなあ。別に仲が悪かったわけでもないのに。只、目の前のことを優先してしまうわたしに、向こうは少し窮屈だった。将来のこと未来のこと。大して興味もない目的の為に目標を立てて、夢は諦めて、日々を費やして。そんな風に生きるのは、幸せなのかもしれないけど。

「エースさん?」
「あァ、いや、イズがいいならいいんだ。悪ィな、変なこと聞いちまって」
「いいえー。全然変じゃないですよ。寧ろ誰も聞いてこないから、気を使わせてるのかなと思ってました」
「そんな繊細な奴いねェよ」

笑って、エースさんはわたしの頭を撫でる。髪ぐっしゃぐしゃになるやつ。でも悪い気はしない。わたし頭撫でられんの好きなんだなあ。知らなかった。

「そうだ。今度イゾウに着せてもらえよ」
「何をですか?」
「それ。キモノって言うんだろ?イゾウ色々持ってるぞ」
「…流石にサイズが合いませんよ」
「あー、イズ小せぇもんなァ」
「普通です」

ああ、でも。縁があったらまた着たいなあ。



***

「お、珍しい組み合わせじゃねェか」
「…お前またイズルに妙なこと言ったろい」
「問題ねェ!いつものことだ」
「どっちが上かわかりゃしねェ」
「ん?待てよ。イズが22ってこたァ…」
「エースより上だねい」
「だはははは!見えねェ!エースの方が兄貴に見えるぜ!」
「お前…そんなんだからイズルを怒らせるんだよい」




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