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「…」
「イズさんってば、何でそんな膨れっ面なんですか?」
「イズルは恥ずかしくなるとすぐ怒るよねー。そんなに嬉しかった?ねえってば」

早足で廊下を歩きながら、口を貝より固く閉ざして堪える。うるさい。ミシャナとハルタさんがうるさい。しつこい。ずーっとにまにまにこにこして、わたしを見る度ちょこまか寄ってくる。ハルタさんに至っては扉の裏とか階段の死角とかからいきなり出てきて、イズルは何着たい?やっぱイゾウに合わせてキモノ?定番は真っ白なドレスだと思うんだけどどう?云々。

うるっせーんですわ!姉さんはやれ色はどれだ、どんな形だとうるさい。ロハンさんは口こそ出さないけど視線がうるさい。サッチさんは何食べたいとうるさい。他誰も彼もが生温い目で見ては生温い言葉を吐いて、うるさい!しつこい!

「わたし、はいって言ってないんですけど!」

駆け込み寺の如く父さんの部屋へ突入して、乱暴に扉を閉めた。部屋から勝手に拝借してきた一升瓶を開けて、半ば自棄になって口をつける。瓶から直飲みなんて初めて。重い。美味い。そして度数が強い。寝て起きたら夢だったりしないだろうか。

「そんな飲み方したら悪酔いするわよ」
「悪酔い結構ですよ。そのまま海に飛び込んでやる」
「もう、何でそんなに不貞腐れてるの」

答えないままもう一飲み。姉さんの溜め息が聞こえた。早く回ってくれないだろうか。

「イズル」
「ん、父さんも飲む?イゾウさんのだから味は保証、」

父さんが器用に眉を片方顰めて、呆れっぽく笑った。いた。元凶がいた。何でそんな図体して物陰に隠れられんのかがわかんない。二歩出た足が三歩目を拒んだ。別にまだ脚にきてるわけじゃない。

「あーあぁあぁぁあ、ぶん殴るぞこの野郎!」
「グラララ…随分荒れてんなァ」
「殴りたきゃ殴っていいぞ」
「殴りませんよ!勝手にいただいてます!ごめんなさい!」
「妙なところで律儀ねえ」

慣れないことはするもんじゃなかった。でもばれなかったらばれなかったで罪悪感に沈んでる。イゾウさんは父さんの傍の箱の上で胡座をかいていた。会わない為に部屋から出てきたのに、でも今更帰っても仕方ない。と言うか、誰にも会いたくない。

「お邪魔しましたぁ」
「イズル」
「やです」

某か言いかけたイゾウさんに、何も聞く前に断った。ああ、やっちゃった。後悔。何でわたしが泣きたい。

扉を開けるなり、偶々通り掛かった兄さんがぎょっとしてわたしを見た。それをじろり、と睨んで酒瓶片手に廊下を歩く。今度は誰も話し掛けて来なかった。わたしなんか怖くも何ともないだろうに。
次いで開けた扉からは、少し湿っぽい匂いがした。必要最低限の灯りさえ遮る書物の山。今度こそ誰もいない、誰も来ない。時々誰かしら来るけど、今は。
ソファに座ってクッションを抱いて、知識の匂いで酒を飲む。贅沢。そして大愚。

望まれてあげる式なんて、わたしでなくたって贅沢だ。それを突っぱねてしまうようなわたしに、一体何が似合うと言うのやら。



***

「あ、イゾウ隊長。さっきなんか、…あの、すごい顔してましたけど」
「だろうな」
「大丈夫なんすか?正直怒ってんのよか余っ程おっかねぇんすけど」
「オヤジの娘泣かしてちゃあ、生きた心地しねェよなァ」
「…一応ですけど、奥行きましたよ。さっきすれ違ったんで」
「ああ、助かる」
「御武運を」
「誰が戦うんだよ、馬鹿」




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