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とんとんとん、と器が三つ。一汁一菜と言うのだろうか。端的に言って質素。食べ盛りのお兄さん方にはおやつにもならないに違いない。いつまで食べ盛りなのか知らんけど。間違っても育ち盛りではない。

「…ご飯、と、お味噌汁、は、お代わり、あります」

つっかえつっかえに言うだけ言って厨房に引き籠ろうとしたら、すかさず。がたん、と席を立った大きな手が手首を一周した。何にも言わないまま、瞬きもせずただこっちを見て。向かいに座ったら大人しく解けた。さっきまで寝てた癖に。目が覚めたようで何より。

既に朝ごはんの時間は過ぎている。幸いにも快晴。元気な兄弟は我先にと外へ飛び出して、たぶん一番人がいない時間帯。それでも。新聞広げながらコーヒー飲んでるマルコさんとか、皿を山にして突っ伏してるエースさんとか、二つ向こうでにこにこしてる姉さんとか。他にも何人か、後片付けとか不寝番明けとか。当然サッチさんも厨房にいる。

やっぱり部屋に持って行けば良かったかもしれない。例え船が揺れても、荒っぽい兄さんとすれ違うのが難しくても。ちょっと冷めちゃうとしても。…いや、やっぱ嫌だな。嫌だし無理だな。

「いただきます」

丁寧に手を合わせて、イゾウさんが箸を取った。米と味噌汁。それからちょっと歪なだし巻き玉子。でも今までで一番綺麗な黄色。美味しくないことはないと思う。味見はした。ちゃんと味した。

黙々と、箸だけが動いていた。正確には箸と手と口。美味いとも不味いとも言わず、着々と中身が減っていく。所作がきれい、とかそんなことはとうに知ってるんだけど。それくらいしか見るものもない。あ、今マルコさんと目が合った。

「…、お代わり」
「…はあい」

当然のように差し出された茶碗を受け取って席を立つ。せめて『くれ』くらいは言えないものかと。…思っただけ。不覚。悔しい。許しちゃったのが悔しい。お代わりそれ自体も嬉しいけども、それだけじゃなく。何か、ちょっときゅっ、ときた。嘘。大分きた。

「…何笑ってんですか」
「いやァ、なかなか見れねェもん見てっからなァ」
「ここ最近はしょっちゅう厨房にいたじゃないですか」
「そういうことじゃねェんだよなァ」

どういうことだ。そう聞く暇もなく、サッチさんは苦笑いをして厨房を出ていった。唇を引き結んでお代わりをよそう。刺さっている。イゾウさんの視線が刺さっている。何か、いっぱいいっぱいで泣きそうなんだが。恥ずかしくて嬉しくて、悔しい。

「どぞ」
「ん」

…いや、わかってる。そこはありがとう、が返ってくるべきで返ってこなかったことに苦言を呈するのが正しいとわかってる。そうしたい気持ちもある。あるんだけど。

余計な言葉が出てこない。こそばゆくって緊張する。好きな人に食べて貰えるのって嬉しいね。そんで、当然に扱われるのも案外悪くないのね。いや、毎回当然にされたら怒るけど。


***


「珍しいねい」
「珍しいよなァ」
「イゾウも緊張とかするんだね。人の心が残ってたなんてびっくり」
「ハルタが人のこと言えんのかよい」
「マルコもでしょ」
「…あー、いやでも、あれ三日くらい前から練習してたんだよなァ。普通に上手にできてんのに微妙っつってさァ…そりゃおれには敵わねェけど?そんなん見てたら食うのも緊張するよなァ」
「今サッチがもてない理由がわかったね」
「余計な一言って言うんだよい」




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