232


「なァ、聞いていいか?」
「駄目です」
「これ練習する必要あるか?」
「わたし駄目ですって言ったんですけど」

溜まりに溜まった洗濯物をちゃっちゃか終わらせて。それでも時間は昼を回った。大所帯で洗濯物溜めると地獄。知ってたけど。総出で洗っても午前中いっぱい掛かった。あとは天気がもってくれるのを祈るのみ。折角洗っても生乾きじゃ悲しい。

そうして空けた昼ご飯後。横からと言うより斜め上から、覗き込むサッチさんの声が降ってきた。聞かれた意味。サッチさんに限らず、誰も彼もそういうとこある。それならいっそ聞かないでくれと思わないでもない。但し、わたしもそれを前提に会話してたりする。会話って難しいね。

「別に聞いたって減るもんじゃねェだろ?」
「わたしの集中力が減ります」
「いや、だってこれ…充分だろ。何で4番隊に来なかったんだよ」

そりゃ大量生産できないからですよ。基本は一人分。辛うじて二人分。何百人分のご飯とか特殊訓練でも積まないと無理。そんで、訓練積む程料理好きじゃない。食べるだけの方がいい。

「美味しそうじゃん。一口頂戴?」
「駄目」
「おれはいいだろ?」
「は?おれが駄目なのにサッチがいいわけないじゃん」
「ルーカ君は忘れちゃったかなー。おれ隊長なんだけど?お前の上司で、厨房内に限ってはオヤジより偉いんだけど?」
「でも駄目」
「駄目かー」

わたしがイゾウさんに食べて欲しくて作ってる物だから。何てことは口が裂けても言いませんけど。言わなくても、まあ。だってそんなことしたらイゾウさん怒るし。怒ってくれちゃうし。たぶんそれは二人もわかってるし。

「…」
「…」
「…」
「…」

味見をするわたしと、それを眺めるサッチさんとルーカ。それから実は厨房の奥にいるゾノさん。何か作業はしてるけど、夕飯の下拵えはもうちょっと後だって知ってる。序でにちょっと視線がうるさいのも気づいてる。いや、至近距離で眺められても嫌だけどさ。

「微妙」
「嘘だよ。イズルの作った料理が美味しくないわけないよ」
「サッチさんがちょっと見てやるって。な、一口だけ」
「駄目です。駄目ですけど明日もっかい貸してください」
「…それは別にいいけどよー」

不服げなサッチさんから許可を貰って、空いた器を流しに片す。今度。今度何かお礼はしたいな。材料代払おうとしたらいらないって言われたし。何なら怒られたし。おれ妹に金せびるほど餓えてねェのよ、って。そんなつもりではなかったんだけど。

取り急ぎ目下の悩みはこれだ。いつぞやに聞いてしまったのが運の尽き。いや、運が良かったのか。日々のご飯が美味しくて比較対象として不適切とか、料理してなかった云々とかだけじゃなくて。料理してた時だってめんつゆでさぼってたんだもの。


***


「かわいーよなァ」
「そうですね」
「あれがイゾウの為っつーのは気に食わねェけどなァ」
「一応、本人は隠してるつもりだと思いますけど」
「いや、隠してねェだろ。言ってもねェけど」
「やっぱり引き抜いてきてよ。おれもイズルのご飯食べたい」
「やらねェよ」
「うわっ」
「…気配消すくらいなら見に来んなってんだよなァ」




prev / next

戻る