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ぽかん、としていた。ぽかん、と言うか、きょとん、と言うか。呆れや驚きと言うより、拍子抜けという感じの顔だ。そんなにつまんないこと言った覚えはないんだけど。何なら聞きたがったの姉さんなんだけど。

「…それだけ?」
「それだけだけど」
「イズが作った味噌汁が飲みたいって、それだけでそんなに赤くなっちゃったの?」
「やめて」
「イズが作った味噌汁が飲みたいって、それだけでそんなに赤くなっちゃったの?」
「何で二回も言うの」
「だって…」

ああ、リリーさんのこんな顔は珍しいなあ。でもこんな理由で見たくなかったなあ。顔に出した覚えも態度にした覚えもないんだけど。ないんだけど、ばれたらしい。リタさんやエミリーさんの生温い目に何となく肩が小さくなる。そんなにおかしなこと言った?もしかしてリリーさんたちは知らない?

「確認したいんだけど、いい?」
「ものによる」
「イズってイゾウに人生あげたのよね?」
「…まあ」
「それでイゾウの人生ももらってるのよね?」
「わたし教えた覚えないんだけど?」
「細かいことはいいの。その約束は結婚と同等じゃないのってことよ」
「…細かいことはいいじゃん」
「それはそれ、これはこれよ。てっきり添い遂げるくらいの意思はあるんだと思ってたわ」
「…いや、まあ、それは、そうっちゃそうなんだけど、…何か、そうじゃなくてね」
「うん」

うん、じゃなくてね。それはそうでそうなんだけどそうじゃなくてね。あの、…うん。いや、わたしもわかんないけど。そりゃあ、あの時もその時も、どの時だって嬉しくて。それどころじゃなかったけど嬉しくて。でもこれは、何か、妙にやたらと実感が深くて。実生活に近いからだろうか。そんな難しいこと知らないよ。

「…イズが幸せならいいけど」
「また顔に出てる?」
「そうね…顔と言うか態度と言うか」
「イズが時々言うあれじゃない?空気を読むって」
「ふふ、サッチに言ってみたら?場所も食材も貸してくれるわよ?」
「…ん」

まあ。海の上じゃ食材も水も無駄にはできないんだけど。確かにサッチさんなら快く、厨房も食材も貸してくれると思う。茶化しながら。返す当てないけど。ああ、でも料理なんて久し振りだし、出汁なんてちゃんと取ったことないし。黒炭にならない限り食べそうな気もするけど、どうせなら。どうせなら美味しいって言って欲しい。かも。

「あんまりゆっくりしてると、また乗り込んで来るわよ」
「イズとイゾウじゃ時間の流れ方が違うのよね。兎と亀くらい」
「わたしが兎?」
「そんなわけないでしょ」

二本の白い手に頬を揉み回されて擽ったくて眉間が緩んだ。大丈夫でしょ。兎は途中で昼寝するんだよ。


***


「おっはよーございまーす!…あれ?イズさんは?」
「んー、ぎりおはようかしらね」
「おはよう、ミシャナ。イズはやりたいことがあるからって張り切って甲板に出てったわよ」
「甲板…?え、皆さんの後片付けとか…?酔っ払いの始末とか…?」
「そっちじゃなくて。やりたいことがあるから、とっとと終わらせたいんですって」
「へえー?何かすっごい楽しそうな匂いがするじゃないですかあ。是非詳しく」




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