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振り返って待つこと数秒。しゃらん、と微かに音が届いた。繰り返し、鈴鳴りの音が近づくに連れて喧騒が割れて道が空く。賑々しい歓声に囲まれながら、姿を見せたのは白。白い人。白に金の刺繍がされた衣装の男女が二人。

「…、」

結婚式。浮かんだ言葉は口から零れることなく、開けた口から空気だけ出てきた。結婚願望がどうとか結婚式が何とか、そんなもの無かったし、今でも無いと思っているけど。それでも。

祝福する人も、される二人も、ごちゃごちゃで馬鹿騒ぎじみている光景が、すごく、美しい。幸せは美しいんだと妙に実感した。歩くごとに、風が吹くごとにしゃらん、と鳴るのは花嫁の髪飾り。片袖の、長い布地をかけている。どこかの民族衣装だろうか。

「どうなるかと思ってたがなあ」
「今までで一番盛大ねえ」
「奥さんとマスターもやったら?」
「いや、この歳になってそんなもん…」
「えー?おれ奥さんのドレス姿見たいよ?」

背中でやいのやいのとしているのを聞きながら、唐揚げを半分頬張った。目が離せない。と言うのは癪で、何かあんまり嬉しくないけども。それでも見ていたい。笑顔と涙と音と声と。見知らぬ人でも祝福したいと思う。

騒がしさを引き連れて、二人はゆっくり歩いていった。どこに行くんだろう。ついてく程野暮でもないけど。

「イズルは?」
「…うん?」
「だから結婚式。しないの?」
「さあ…?」
「さあって…イズルのことだよ?イズルは結婚式したいとかないの?」

…あんまりない。と言ったらどうだろう。あんなにきれいで眩しいものなら、見たいけど。やりたいかって言われると。そもそも結婚の概念は?税金なんか払ってないじゃん。

「ルーカはしたいの?」
「えっ、おれとしてくれるの?イズル、おれとけっこ、んぐ、」
「しねェ」
「ごめん」

イゾウさんに顔を鷲掴まれながら、言葉にならない文句を言う様に一応謝った。贅沢な話だけど、お断りの謝罪だ。そのくらいの分別はあるし、そういう気持ちもそれなりにある。ある、けど。

イゾウさんはしたいですか。
そう聞こうかと思って、何か聞けない。したいって言われても、したくないって言われても何か嫌。我が儘。

「お兄さんは?」

そんな、うだうだしたわたしに代わって、尋ねたのは奥さんだった。意外。想定外。こんな話に首を突っ込む人とは思ってなかった。ルーカだったらうるさいって言えるけど、奥さんにはちょっと言えない。

横目に送った視線はやや睨みがちだったかもしれない。イゾウさんはどこかあどけない顔をして、妙に静かに思案する。思案するのは結構だけども、わたしを見ながら思案するな。目を離したら負けだろうか。

思いの外続いた沈黙の後、イゾウさんの目が悪戯っぽく和らいだ。はぐらかしてほしい。でもイゾウさんの気持ちも聞きたい。うわ、面倒くさ。自分の面倒くささに益々眉間に力が入る。

「…イズル次第か?」
「…丸投げですか?」
「いや?腹括ったら、イズルが聞きに来な」

伸びてきた手が頭を引き寄せて、頭の天辺に柔らかい息が触れた。刺々しかった。わたしの返事が。イゾウさん悪くないのに。丸投げなんかされたことないのに。反省。腹、括ったら。腹なんかとっくに括ってるつもりだったのに。

残っていた唐揚げの半分がイゾウさんの口に消えた。半分てそういう半分じゃないんだけど。まだあるんだから器から自分で食べてくれ。



***

「…んゅぐっ、ちょっ…もー、本当に痛いんだけど!おれの顔凹んでたりしない!?」
「大丈夫、ちゃんとかっこいいわよ」
「おれの味方奥さんだけだよー。…マスターは何やってんの?」
「いや…逆に何で平気なんだ?」
「何が?何か顔赤いよ?」
「イタリア人は平気かも知らんが…」
「ん?ああ、あれ?船でもあんな感じだし…でも、頭にキスしただけじゃん」
「いや、おれは、…ちょっと」
「別にマスターの頭にキスしたわけじゃないよ」




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