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「そうねえ。イズ理論ではイズの為よね」

朝ごはんを食べながら、リリーさんはやたらと感慨深げに言った。何さ。その、イズ理論て。わたし学者でも何でもないんだが。

「リリーの理論なら?」
「イゾウの為ね」
「違う」
「こうなったら言っちゃった方がいいと思うんだけど」
「やだ」
「言ったところで何もないわよ?」
「やだ」
「因みに、イゾウはどこまでわかってるの?」
「注射」
「ほら、もう無理よ」
「や!だ!」

何でそう、何でそうやって。ある程度その辺は確信しちゃってるのかもしれないけど、言わなきゃまだ仮定の範疇だったのに。何でそうやって。何でそんなに話したがるの。

「尖ったもんが怖いわけじゃねェだろ?」
「…」
「イズル、返事」
「……言わない」
「隠すから興味を引くんじゃない?」
「言わないったら言わないったら言わない!」
「…おれを思ってくれんのは嬉しいんだがなァ」
「別にイゾウさんの為じゃないです!」

イゾウさんが困った顔で笑った。リリーさんも眉を下げている。どんな顔をされようと何を言われようと言わない。絶対言わない。イゾウさんが気に病む可能性が一分、一厘でもある限り死んでも言わない。

「オヤジは?」
「知らないんじゃないかしら。わたしは言ってないわよ」
「なら誰が知ってる?」
「…わたしと、あとはお爺ちゃん先生くらいかしら?」
「…何であの爺が知ってる」
「その場にいたからじゃない?」

むすっ、としているであろうわたしの頭を大きい手が寄せ抱えた。離せ。食べにくい。リリーさんもぺらぺら喋っちゃって。これでばれたら恨むぞ。先生にも口止めはしてるけど。

「なァ、イズル」
「…」
「イズル、頼む」
「言わない」
「理由くらい教えてくれてもいいだろ?」
「言わないってば」
「なら、おれは一生知らねェままか?」
「そのまま忘れていただければ幸いです」
「幸いじゃねェよ。忘れられるわけねェだろ」

手のひらが額に回って、指先が前髪を弄る。だから食べにくいってば。そんなことされたって言わないってば。

「別にイゾウさんが知らなくっても何かあるわけじゃないです」
「知ったら何かあるんだろ?」
「知りません。あるかもしれないしないかもしれません」
「ねェなら話してくれてんだろ」
「ある可能性があるってだけの話です」

そういうのをシュレディンガーの猫と言う。たぶん。箱を開けるまで、相反する可能性は両立するんですよ。

「どうするの?たぶん本気で言わないわよ」
「リリーは?」
「流石に中身は言えないわね。言わないって約束だもの」
「…あんまりやりたくねェんだがなァ」
「なあに?また縛るって言うなら相手になるわよ」
「縛らねェよ」

あ、そう。じゃあ、括る?意味は変わらないけど。
視線をやったら、イゾウさんが困った顔のまま口角を上げた。それが妙に、楽しそうと言うか嬉しそうと言うか…愉悦?これは何が何でも、きっとばれるんだろうなあ、と。半ば諦めに安堵している自分が忌々しい。それでも言いたくないんだってば。



***

『あー、まァ、そんなもんだろうなァ。白ひげが相手じゃなァ』
「力及ばず、不甲斐ないばかりです」
『そう気になさんなって。そのイズルちゃんてのも、随分と逞しいお姉ちゃんじゃねェの』
「…借りを返せないどころか、更に作ってしまったようです」
『あららら…サカズキの耳にでも入ったら懲罰もんだなァ』
「…どうか、ご内密にお願いします」
『代わりにどう?休暇とかいる?』




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