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縛られ、蹴倒され、更に手錠まで嵌められて、頭から血を流しながら笑みを張りつけたその男を、わたしはよく覚えていた。前回とは立場が逆だけども、顔を見ただけで鳥肌が立った。何でいる。何で生きてる。わたしの記憶ではイゾウさんに蜂の巣にされてた筈。 「まさか本当に帰ってないとはね。久しぶり。元気にしてた?再会の握手でもしておく?」 「知ってるか?」 「…あの、…人攫い、の」 ナンパ男。言い終えるより速く温度が下がった。氷点下にでもなったんじゃないかと思うくらい。繋いだイゾウさんの手に力が入る。痛い。殺意の飽和した空気が痛い。吸えない。 「酷いよね。君の彼氏はおれのことなんてこれっぽっちも覚えてなかった。あんだけばかすか撃ってくれた癖にさ」 「…雑魚には興味ねェからな」 「その雑魚にしてやられてんだから笑っちゃうよ。笑えるだろ?笑えよ!」 がしゃん、と手錠の擦れる音がして、ロハンさんが頭を押さえつけた。それでも視線だけがこっちを向いていて、何と言うか、怖い。人喰いの巣食った井戸の底を覗いている気分。下手に手でも伸ばした日には引きずり込まれて骨にされそう。 「こんなことなら、君だけでも捕まえておけば良かったよ。あんなガキに、構ってないでさ。あの人もそういうところ意地悪だよなァ。教えてくれりゃ、態々こんな手間かけないで済んだのに」 「イゾウ隊長、どうしますか」 「…どうする?」 イゾウさんが横目にわたしを見た。何故わたしを。わたしが。何の事はない。向こうの人間だったから。それにしたって、態々白ひげにちょっかい出す程の価値があるとは思えないが。 「何で態々、わたしを?他にもたぶん、いっぱいいますよね?」 「あー、はは。そうそう。たぶん、ね。別に君である必要はなかったんだけど、ちゃんと確認されたのが君だったからだよ。監視船様々。たぶんそうより絶対そうの方が触媒としては有用だろ?」 「…触媒」 「そう、触媒。おれだけで駄目なら他の奴に便乗してやろうと思ったんだけど、まあ、ご覧の通りだよ。どいつもこいつも帰る気なんかねェ癖に…何で帰りたいおれが帰れねェんだろうな?何でだと思う?」 「日頃の行いが悪ィんだろ」 「人のこと言えんのかよ」 …おっかない顔してるなあ。イゾウさんが。イゾウさんだけでもないけど。ぶっ飛ばしたくてしょうがないって顔してる。わたしは意外と、大丈夫と言ったら語弊があるけど、まあ、大丈夫。それはわたしより怒ってくれる人がいるからだったり、兄さんたちがいるからだったり、イゾウさんがいるからだったり。 「リノンにあげましょうか」 「あ?」 「それか海軍に引き渡します?」 「…信用ならねェ」 「代案あります?」 「ここでぶっ飛ばす」 「その労力と手間が勿体なくないですか?それで気が済むって言うなら、…まあ、好きにしてもらって結構ですけど」 たぶん。たぶんだけど、ぶっ飛ばしても懲りない。この人は。その結果死んでも何ともないんじゃないかと。きっと本気で帰りたかったんだろうなと、それは何となくわかる。だからって同情も何もしないけど。日頃の行いが悪いからでしょ。 「どれがいいですか」 「…うちの船に乗せるのは無しだ」 「じゃあ、海軍?」 「あいつらの手に負えるかは知らねェぞ。逃げようもんなら、また似たようなことになる可能性だってある」 「大丈夫ですよ。帰って来れますから」 ある程度の確信と、自信。にも拘らず、イゾウさんはやや不満そうに眉を顰めた。まあ、何か印はいるかもしれないけど。まさか毎回縛られるわけにはいかない。 「…行くなっつってんだよ」 ぼそり、と。この人は。この人はまあ、何というか。かっこいいのに時々可愛らしい。顔がいいって得だな。ちょっと羨ましいな。 それも一瞬で切り替えて、ロハンさんに視線をやった。それだけで指示を理解したらしく、男を半ば引きずって連れていく。本来なら引っ立てられる側だろうに。 「またね、イズルちゃん」 苔むした階段の際で、男がぐるん、と振り返った。隣から歯が軋む音が聞こえた気がする。にぃっ、と深くなった笑みが憐れになった。可哀想。可哀想だ。わたしの知ったことじゃないが。 「さようなら、って言うんですよ」 そう言うと、男は途端につまらなそうな顔をして、階段を滑り落ちていった。引っ立てていたロハンさんや、その下にいた兄さんも巻き添えになった。 *** 「痛ってェ…」 「お前態とか?そんなに死にてェか?あ?」 「…なァ、さっきのどういう意味だと思う?」 「おいおい、わかってて引っ張って来たんじゃねェのか?」 「いや、海軍に突き出すか、始末するかどっちかだと思ったんだが…」 「そりゃそうだろ。どっちだ?」 「おれはどっちでも」 「てめェに聞いてねェ」 |
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