180


暑い。暑いけど、まあまあまあまあまあ、我慢できなくはない。暑いけど。

「今回は飛び込まねェのか?」
「…流石に。安全が確認できないんで」
「イズも大人んなったなァ!」
「幾らわたしだってそこまで無鉄砲じゃないですよ!だってこんな、」

真っ赤な海。空は青い。赤いのは海だけ。わたしの目がおかしくなったわけじゃない。今回に関しては、体感よりも視界が暑い。

「安心しろよ。別に有害なもんじゃねェ」
「飲んじまったら、しょっぱいじゃ済まねぇけどな」
「あとひりひりする」
「それ有害って言うんですよ」

些かの呆れと一緒に、兄さんたちの後を追って上陸する。定期的、と言うほどではないけれど、比較的頻繁に寄航する島らしい。年に一度は必ず。何でも、貴重な香辛料が手に入るとか。その香辛料が海に流れて真っ赤になってると言うんだから、一体どれほど貴重やら。怪しいと言うか、疑わしいような気もするが。

「おーい、イズ!行くぞ!」
「はあーい!」

呼ばれて駆け寄った相手はサッチさん。今日は4番隊と一緒。16番隊は買い出し。まあ、わたしが買い出しについてっても役に立たないからね。

「イゾウと一緒じゃなくて良かったのか?」
「四六時中一緒にいたら、お互い息が詰まるじゃないですか」
「…イズはそーいうとこ淡白だよなァ。一年近く離れてたわけだろ?こう…寂しいっ!とかねェの?」
「サッチ気持ち悪い」
「同意。わたしがそういうタイプに見えます?」
「いや、見えねェけど、しれっと毒吐かないでくんね?」

おっと、失礼。つい口が滑って。というか、一緒の部屋で寝起きしてるのに、まだ寂しいってどういうことよ。もうくっついてひっついて、お腹と背中みたいになるしかないんじゃないの。

「サッチ隊長の言い方は兎も角、本当に良かったのか?」
「はい?」
「おい」
「確かに人手があった方が助かるが、どうしても、無理に必要だったわけじゃない。今からだって間に合うぞ」

…はあ。何か、わたしよりも兄さんたちの方が気にかけてるみたいで。なんか全然平気でいっそ申し訳なくなってくるね。いや、全然平気って言ったら語弊があるけど。一緒にいられたら嬉しいけど、一緒にいられなくても、別に。

「今日はこっち手伝うんで、そんなに気にしてもらわなくて大丈夫ですよ」
「そうか…」
「それにイゾウさんと別行動してると、ただいまとおかえりができるから嬉しい」
「…何だって?」

…しまった。やっぱ言わなきゃ良かった。ちょっと気まずくなって視線を逸らす。暑くて脳の回路が馬鹿になってたのかもしれない。そんなに引っ掛かられるとも思ってなかったけど。

「何でもないです」
「イズから惚気を聞く日が来るとはなァ…」
「そういうのじゃないです」
「イゾウ隊長に言ったら喜ぶんじゃねェか?」
「やめて」

その生温い視線と一緒に口を閉じろ。ちょっと。この前ので味を占めてしまった節はあるんだ。イゾウさんにおかえりって言われるのは、結構嬉しい。

「なァ、イズ。今日の働き次第で黙っててやるってのはどうだ?」
「はい?」
「おれより多く集められたら黙っててやるぜ?」
「無茶じゃないですか!」
「なら、問答無用でイゾウに報告だな」

にまにまと笑みを浮かべたサッチさんが、さっきの仕返しとでも言うように宣う。ゾノさん、やれやれじゃなくて止めて。あなたも共犯だから。

「…ルーカ手伝って」
「勿論」
「ゾノさん」
「ゾノはずるいんじゃねェか?ルーカは兎も角」
「ちょっとそれどーいう意味?」
「サッチさんに聞いてません。ゾノさん手伝ってください」
「…あー、その、」
「見捨てます?」

些か過激な言葉を選んで、困り眉のゾノさんを見上げた。絶対ばれたくないんだから、手段を選んでる暇はない。断られたらゾノさんに泣かされたとでも言ってやろう。いや、言わないけど。

「…わかった」
「よっしゃ」
「おいおい、まじかよ」
「ふふ、ありがとうございます」
「いや、まあ…そこまで言われるとな…」
「イズル、おれには?」
「ありがとう」
「頬っぺにちゅーでいいよ」
「イゾウさんに怒られるからしない」
「ええー」

でもまあ、何かしらお礼はしてもいいかなあ。まだ勝ってないけど。何か。何がいいかなあ。



***

「何だろうな、この気持ち」
「あ?」
「こう、何つーか、妹の成長が嬉しいようで寂しい」
「お前、年食ったんじゃねェの?」
「そうかもしれねェ」
「まァ、あのつんけんしてたイズの口から出てくる言葉じゃねェよな」
「おれたちでサッチ隊長に加勢するか」
「…それ、後からイズに仕返しされたりしねェ?」




prev / next

戻る