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目が覚めて、体が重かった。すごく、起きるのが億劫。昨日の疲れが抜けてませんて言ってる。だって朝。部屋が明るくなり始めるまで。下手に体力なんかつけちゃったから、寝落ちもできなかった辛い。いや、最後は寝落ちみたいなもんだったかもしれないけど。

「イズル、平気か?」
「…あんまり」
「だろうな。今日はゆっくり寝てていい」
「帰ってきて、初日なのに…」

あー、寝返り打つのも怠い。頭を撫でながら笑った顔を睨む。何笑ってんのさ。あんたのせいだわ。

「飯持ってくる。待ってな」
「ん」

するり、とベッドから出ていったイゾウさんが、箪笥を開けて着物を引っ張り出す。あ、そっか。わたしが着ちゃってるから。着せたのイゾウさんだけど。

「…これ脱ぎます?」
「いや?着たまんまでいい」

妙に溌剌とした様子を扉の向こうに見送って、部屋を見回す。物が増えた部屋。増えた割には、ベッドとか机とかは増えてない部屋。もしかして、金魚に餌やってくれてたのはイゾウさんだろうか。それについては、お礼を言わねばなるまい。

「起きれるか?」
「ん」

戻ってきたイゾウさんが、トレーを持って扉を閉める。うわあ…体重い。何か、これ、筋肉痛?明日までに治る?いつまでも寝たきりとか嫌なんだけど。

「イズル待ちな、」
「…っ、」

床に足を下ろした。筈だった。雲でも抜けたような感触に、気づけばイゾウさんの腕の中にいた。何だ。何だそれ。何だ今の。

「…っくく、驚かすんじゃねェよ」
「…驚いたのわたしですけど」
「今日はゆっくり寝てていいって言ったろ?」

言ったけど。起きろとも言ったじゃん。何笑ってんのさっきから。ねえ。脚に力入んないんですけど。

「立てなくなるほど良かったか?」
「なっ、…だって、イゾウさんが」
「あァ、そうだな。おれが何回もねだったからな」

…そう、自分から言われると何も言えない。そりゃ求めてもらえるのは嬉しい。限度と限界があるだけで。

わたしをベッドに座らせたイゾウさんが、机からトレーを持って戻ってくる。あ、スープが跳ねてる。もったいない。

「…イゾウさん」
「ん?」
「いや、あの、…自分で食べます」
「遠慮すんな」
「いや、遠慮じゃないです」

胡座にわたしを抱えた腕に、器と匙を持っている。何やってんの。自分の分食べなさいよ。

「イズル」
「…あの、自分で、」
「おれが甘やかしたいんだよ。昨日の詫びだ」
「別に詫びてほしいわけじゃないんですけど」
「口開けないと溢れるぞ」

言ったら聞かない。のは、わたしも一緒だけど。大体わたしが折れるんだから、文句言っても怒られない筈。あ、と開けた口に滑り込んできた匙は、上手にスープを流し込んだ。とす、と預けた背中が温かい。

「パン食うか?」
「…食べる」
「千切ってやろうか」
「千切って食べない」

くつくつと喉で笑いながら、トーストの乗った皿を膝に乗せる。美味しい。わたしは美味しいけど。
手持ち無沙汰なのか、片手でわたしの髪を鋤きながら、只眺めている。そんなに見られても食べにくい。

「イゾウさんは食べないんですか」
「後で食う」
「…何で?」

ふい、と見上げたら、あんまり蕩けるような目をしているもんだから、文句はパンと一緒に飲み込んだ。この野郎。わたしのこと大好きかよ。

「どうした?」
「…スープ飲む」
「あァ、自分で食うか?」
「…食べさせて」

一瞬動きを止めたイゾウさんが、それはそれは嬉しそうに頬を寄せた。ああ、もう。自分の発言に胸焼けしそう。



***

「随分遅ェ朝だねい」
「まァな」
「どうせ抱き潰したんだろ?イズ生きてんのかよ?」
「うるせェな。黙って飯出せ」
「あんまり無理してやんなよい」
「あァ?」
「イズルがいねェと、ジョズやらエースやらの書類が進まねェ」
「うちの隊員を勝手に使ってんじゃねェよ」
「腕は無事だろ?」
「ちょっと!ぐだぐだ喋ってないで、早く持ってってあげてよ!邪魔!」




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