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酒の誘いも何のその。甲板を突っ切って、自室に一直線。わたしのじゃない。イゾウさんの。イゾウさんのなんだけど、前と様子が違う。何で?待って待っ、

「ん、…ぅ、」

背中で扉が閉まるかどうか、押しつけられた唇から舌が割って入ってくる。待って、何か、力抜けるの、はや、

「あっ、まっ、」
「待たねェ」
「んんっ、ん、…ふ、」

声も、空気すら飲むような、熱くて深くて長い口づけに段々体が溶けていく。半分抱えられたまま、辛うじて足が届いている。抱きついていた筈の手は、しがみついていると形容した方が正しい。酔いも醒める。

「…っ、いぞうさん、…まって、」
「一年も待ったんだ。もういいだろ」
「一年は経ってません!」
「大体一年。煽ったのはイズルだろ?」
「…そういうつもりは、」
「無自覚ならそれでもいいが、他のやつには絶対やるなよ」
「…自覚ないものをやるなとか無茶…っ、待っ、ごめんなさい!」

首筋に埋められた顔にぞくり、としていたら、その間に足が浮く。いや、半分浮いてたけど。やっぱり物増えてる。何がって、わたしの物が。

「これ以上帰って来ねェなら、迎えに行こうかと思った」
「…無茶では?」
「待ってる方は長ェんだよ」

ああ、うん。そうね。それは知ってる。わたしはたった五日だったけど。お相子にするには差がありすぎる。けど。それでもですよ。

ベッドに放り出されて、辛うじて腕をついた。イゾウさんに見下ろされて、収縮した心臓が一際大きく脈打っている。

「イズル」
「…、はい」
「いいよな?」

爛々と目を光らせて、頬を撫でながらわかりきったことを聞く。どっちが。ここまで煽ったのはあんただ。

「イズル」

頷けと。答えろと。催促される返事に浅く息を吐く。

「…ぃ、…いっぱい、して」

両手を伸ばして、イゾウさんが息を飲んだ。上がった口角に背筋が粟立つ。明日死んでたらどうしよう。



***

「…ハルタは覗きに行くかと思ったよい」
「流石にそこまで野暮じゃないし。イゾウは兎も角、イズルが可哀想じゃん?」
「まァねい」
「完全に獲物見つけた目ェしてたな!イズに同情するぜ!」
「どうせ自分で墓穴掘ったんでしょ?」
「…あ、そういや、おれの飯が恋しかったってさ。可愛いこと言うよなァ」
「サッチじゃねェって振られてたけどな!」
「うるせェ!」




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