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んー、参った。酔った。ちょっとふわふわする。眠たい。けど、部屋に戻っちゃうのは惜しい。

「イズったらご機嫌ね」
「だって、とうさんのひざのうえだもん」

挨拶回りを終えて、思い出した。父さんにビブルカードを渡したい。

「グララララ、また家出するつもりか?」
「…予定はないけど、予定は未定って言うから?」
「そう何度も出ていかれちゃァ寂しいじゃねェか」
「ふふ、少なくとも当分は出ていかないと思うけど」

それでも、持ってて欲しいと言ったら受け取ってくれた。あと姉さんに。まだまだあるけど、それはまあ…欲しいって言われた時で。そんなに配って回ってもしょうがない。そのまま父さんの膝に乗せてもらって、現在に至る。他の人とだとそうでもないんだけど、父さんと一緒だと飲んじゃうんだなあ。気をつけよう。今度から。

「あ、いぞうさん」
「…随分飲んだな?」
「ふふ、たのしくて?」
「だからって飲み過ぎんじゃねェよ」

おや、ご機嫌斜めだ。残り僅かだったグラスを空けて、父さんの膝から飛び降りる。きちんと足で着地して、少し乱暴に頭を撫でられた。何ぞや。あんまり頭揺らしたら酔うぞ。

「なんかありました?」
「あ?」
「なんかおこってます?」
「…そういうところばっかり目敏いな」
「ふふ、にほんじんのほんりょうはっきです」

空気を読む。お陰様で、見聞色には何とか手が届いた。こんな風に役に立つなら、もっとちゃんとやっとくんだったと思ったり。いや、絶対やんないけど。面倒くさいし。

「なににおこってるんですか」
「…別に怒ってるわけじゃねェけどな」
「んー、じゃあなににすねてるんですか」
「…拗ねてるわけでもねェ」

うるさいな。何でもいいわ。原因を聞いてんのよ、原因を。予測して当てろと?絶対外すぞ。

「とうさんとのんでたから?」
「何でだよ」
「いぞうさんも、とうさんとのみたかったかなって」
「そりゃ飲みてェがそうじゃねェだろ」
「ええ…じゃあまるこさんにおこられたから?」
「怒られてねェよ」

ありゃ、そうなの?てっきり。マルコさんは怒ってたと思うけど。ふわふわと考えながら、その辺にあった瓶を取った。盗ったとも言う。

「のみます?」
「…もらう」

イゾウさんに注いで、姉さんたちにも注いで。最後、座って自分にも注ごうとしたら瓶を盗られた。何事。

「飲み過ぎ」
「まだへいき」
「イズル」
「…いぞうさんがついでくれたおさけがのみたい」
「…、どこで覚えたそんなもん」
「べつにだれからおそわったわけじゃないですけど」

思ってることを素直に脚色して言葉にしたらそんな感じ?これで可愛く上目遣いでもできれば良いんだけどな。そこまでやったらあざといが過ぎる気がする。上手くやれる自信もない。

「ここまでのんだらあといっぱいくらいからわないですよ」
「呂律怪しいじゃねェか」
「きのせいです」

別にそんな、無理矢理飲みたいほど好きじゃないけど。でも駄目と言われたら飲みたくなる。ついでに、イゾウさんと飲みたいのも本当。

「…最後だからな」
「やったあ、なみなみついでください」
「注がねェよ」

注いでくれたのはグラスの半分。普通に嬉しい。礼を言ったら、そのまま瓶を飲み干した。別にそんなんしなくたって、もう我儘言わないよ。

「それで、なににおこってるんですか」
「…怒ってねェって言ってんだろ」
「そこはなんでもいいんですよ。なににがききたいんです」

何か知らんが、姉さんと目があった。素敵な笑みを向けられて、そりゃあ嬉しいことこの上ないんだけど。それ、何笑い?怖いんだけど。

「…おれにはねェのかよ」
「はい?」

隣を振り返ったら、そこそこしっかり眉間に皺を寄せて、ハイペースに酒を煽る。おれに?おれには?他の人に何かあげたっけ。ビブルカード、は、父さんに、で、…あ?

「いったつもりになってました?」
「言われてねェ」
「じゃあ、いぞうさんからいってくださいよ」
「他のやつらにはイズルから言ったんだろ?」

うん。まあ、確かに。そっか。そうね。どうしようかな。今は、酒が回って気分がいい。

「…っ、イズル、」
「ただいま戻りました」

一瞬揺れた体が、見事に建て直された。流石の腹筋。首に抱きついた背中に手が回る。父さんを見上げたらにやりと笑ってた。流石にちょっと恥ずかしいな。

「イズル」
「はあい」
「覚悟しろよ」
「はい?なっ、」

えっ、おかえりは?おかえりって言ってくれないの?そんで何処に行くの?わたし歩けますけど?



***

「ちょっと、寂しくなるわね」
「あら、どうして?」
「だって、前みたいに一緒にいられるわけじゃないじゃない?」
「何てことないわ。毎朝迎えに行きましょ」
「…リリーのそういうところには敵わないわね」
「じゃなきゃ、朝ご飯食べないじゃない」
「そうやってると、お母さんみたいよ?」
「イズみたいな子供なら大歓迎ね」
「あらあら。姉馬鹿じゃなくて、とうとう親馬鹿になるの?」




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