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不幸というのは、全て身から出た錆だと思う。するべき注意を怠り、するべき対策をしなかった結果。でも、その為には、まずその不幸を予測できなくちゃいけなくて。まあ、一言で言えば、わたしが甘かったっていうだけの話だ。…まだ独白できるってことは死んでないな。

「イズ、髪、拭いてあげるわ」
「…いや、いいです」

きれいな笑顔を張りつけて、キアラさんはわたしの後ろに立っていた。いつだ。いつから。それだけで血の気が引く思いだった。

「そうやって、またイゾウ隊長の手を煩わせるんでしょう?駄目よ、そんなの」
「痛っ、」

伸びてきた両手に肩を掴まれて、壁に背中を打った。どういうわけか、誰もいない。いらん時はいる癖に。

「んっ、」

嫌だ。やめて。気持ち悪い。口の中を探るように動く舌に泣きそうになる。何で。たかが嫌がらせの為に、ここまでするの。

「イゾウ隊長と、間接キスね」

まるで乙女みたいに頬を染めて、意味のわからないことを言う。いや、わかるけど。視覚情報と聴覚情報が一致しない。一致しなくていい。

「イゾ…っ、さ、」
「イズはいつもそうね。イゾウさん、イゾウさんて。こんな幼子みたいな子の何がいいのかしら」

頭が、ぼーっとする。流石は医療従事者とでも言えばいいのか。的確に頸動脈だか何かを圧迫してるんだろう。血の脈打つ音が聞こえる。首を締める手を掴んでいる筈の手に、力が入らない。

「本当に非力ね。いいわ。すぐ楽にしてあげる」

嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。絶対嫌だ。何で。何でこんなに力差があるの。

「…っ、」

銃声がした。腹に、何かぶつかった。一気に血が下がっていく感じ。なのに視界がちかちかする。そのまま体がずるり、と落ちた。熱い。何か、ぶつかったところ。あは、真っ赤じゃん。この女馬鹿じゃないの。

「イズル!」

わたし、海兵に自分で押さえろって言ったけど。全然押さえらんないなあ、これ。次からは押さえててあげよう。

「いぞ、さ、」
「喋らなくていい。意識あるな?」

ある。けど、大きな手が頬を包んで、傷を押さえる手に重なって。安心しちゃったよ。安心したら痛い。めっちゃ痛い。迂闊だった。父さんとの約束、破る人がいるとは思わなかったんだよ。いや、死なないけど。



***

「イゾウ隊長?今の、」
「マルコ呼べ!」
「えっ、あっ、はい!」
「お前らぼーっとすんな!そいつ押さえてろ!」
「はい…っ!?キアラ!?」
「イゾウ隊長、何でキアラが、」
「うるせェな、後にしろ!」
「イゾウ!そのまま押さえてろい!」




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