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今日も今日とて、海は平和である。何だっけ。氷柱が降ってるんだって。血気盛んな兄さんたちの声が食堂まで聞こえてくるようだ。

イゾウさんと、一緒にご飯を食べる約束とかはしてない。朝は姉さんと一緒だし、昼夜はその時一緒にいる誰かと食べる。あとは何か手伝ってるか、空いてる時間だって、どこかをふらっとしてることが多い。それでもイゾウさんと過ごせてるのは、イゾウさんが会いに来てくれてるから。だって、乗ったばっかりの頃は殆ど会わなかったんだから。

「ジョズさん。これでいいですか?」
「あァ、いつも助かる」
「いえいえ。わたしがお役に立てることなんて、そうそうないですから」

賑やかな食堂で、書き終えた書類を渡して伸びをする。男所帯故かは知らないけど、字が汚いんだって。…ちょっと偏見だな。ゾノさんとかビスタさんとかとかはきれいだし。イゾウさんは達筆。贔屓目じゃなく、お手本みたいな字を書く。

「お疲れさん」
「ありがとうございます」

隣に座ったイゾウさんが、わたしの頭を撫でた。本当に、ありがとうございます。わざわざ時間を作ってくれて。

「字はきれいなんだな」
「へえ。お眼鏡に敵いました?」

向かいの、ジョズさんの隣に座ったジオンが苦虫を噛み潰したような顔をした。頷きたくないんだろうなあ。別に無理して褒めてもらわなくていいけど。

「イズの字は読みやすい」
「そうですか?イゾウさんの方がきれいですけど」
「…きれいだが、刺々しい」
「ふふ、字には性格が出るらしいですね?」
「嘘つけ!」
「なるほどな」
「なるほどじゃねェよ。だとしたら、ジョズの字はどうすんだよ」
「んー、おおらか?」
「物は言いようだな」
「イゾウ隊長」

突然、空気が張り詰めた。本当に、ぴしっ、と罅でも入ったような。その原因になったその人は、場違いなほどきれいな笑顔を張りつけて。わたしは最近、この人が怖い。

「いいお酒があるんです。一緒に飲みませんか?」
「だから、飲まねェって言ってんだろ。触んな」
「そんな、つれないこと言わないでください」

しなだれかかるってこういうことか。わたしとイゾウさんの間を割って、ご丁寧に胸まで押しつけて。不愉快っちゃ不愉快だけど、わたし以上にイゾウさんの機嫌が悪い。見事な急降下。鷹もびっくり。ジョズさんが一番気の毒かな。

「お前、いい加減にしろよ」
「きゃっ」

がたん、ばたん、と音がして、気づけばイゾウさんが立ち上がっていた。わたしの後ろで尻餅をついて、驚いたようにイゾウさんを見ている。すごい、甘い臭い。香水付けすぎでは。最早漬けてるのでは。

「銃抜かねェだけ有り難く思え。次やったらその顔に似合う風穴空けてやるよ」
「風穴空いたら死んじゃいますよ」
「知るか」

いや、駄目でしょ。父さんとの約束でしょ。この、圧迫感と言うか、息の詰まる感じ。と、目付き。自分に向けられてないから、まだけろっとしてられるけど。この空気だけで死ねそう。

「あー、くそ。風呂入ってくる」

肩を震わせながら、キアラさんが立ち去った途端、空気が緩んだ。こんな、変幻自在なことある?人ってすごい。

「わたしも入りたいんで、上がったら教えてください」
「一緒に入るか?」
「入りません」

ひらひらと手を振って、イゾウさんが食堂を出ていく。本当に、きっついなこれ。ご飯食べる場所じゃご法度でしょう。

「…よく平気だな」
「え?」
「イゾウが怖くはないのか」
「…怒ったら怖いですけど。怒られてるのわたしじゃないし」
「そうか」
「正直、赤髪さんの…覇気?あれの方が怖かった」
「あれはまた別物だ」

でしょうね。本気で死を覚悟したもの。今ならもうちょっと仲良くできる気がするんだけど。まあ、そんなにしょっちゅう遊びには来ないよね。

「イズ」
「はい?」
「何か困ったら言え」
「ありがとうございます」

優しいなあ。表情筋全然動かないけど。大丈夫。自分で頑張れるうちは、自分で頑張る。



***

「キアラ、いい加減にして頂戴」
「…どうして?」
「イゾウのことが好きなら好きで別に構わないけれど、他のクルーまで巻き込んで。家族を傷つけるやり方は好きじゃないわ」
「海賊ですもの。どんな手を使っても手に入れるわ。だって、わたしの方がきれいで!可愛くて!スタイルもいい!あんな、男みたいな粗暴な子より、わたしの方がずっと!」
「…ちょっと頭を冷やした方がいいみたいね?」
「何でよ!わたしの方が可哀想じゃない!」




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