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甲板に出ようかと思ったけど、相変わらずの雨だ。そんな、さも心配してください、みたいな真似したくない。少し軋んだ扉を開ければ、紙特有の匂いが鼻をつく。先客がいるなんて珍しい。 「お、イズじゃないか。どうした?」 「どうもしませんが、お邪魔してもいいですか」 「邪魔なんかじゃないさ。丁度暇していたしな。話し相手になってくれ」 あー、本当5番隊。大人。図書室の扉を閉めれば、フィロッソさんが梯子を下りてきた。別に話相手になりにきたわけじゃないんだけどね。気を紛らわそうと思っただけ。…なんだけど。 「…何で逃げんだよ」 「別に、…あー、どう取って頂いても構いませんけど、誰もついてきてくれなんて頼んでません」 「別に、あんたがどうすんのか気になっただけだ」 「あっそーですか。じゃあ、どうぞお戻りくださーい」 「…あんな澱んだ空気吸ってられるか」 「おやおや、何かあったか?」 「いいえ?特に何も」 「何もなかったって顔じゃないけどな」 …うるさい。何もないって言ったら何もなかったんだってば。がら空きのソファに座って、クッションを抱えて胡座をかく。フィロッソさんはその向かいに、ジオンは読書に勤しむことにしたらしい。 「何もないですよ?」 「無理に話すことはないが、話したくなった時に話せないのは不便だろう?」 「…ありがとうございます」 ぺらり、と。ページを捲る音が聞こえる。何に。わたしは何に苛立ったんだろう。まあ、そもそも好きではないが。その手の話も、あの女自身も。何というか、見下されてる感じがするんだよな。確かにあんたの方が美人で、スタイルも良くて、いい女なのかもしれないが。 「…話しかけてもいいですか」 「ああ、どうした?」 「わたしが船に来る前のイゾウさんて、どんなだったんですか?」 「イズが来る前か…」 フィロッソさんが本を閉じた。ごめんなさい。読書の邪魔して。 「今より大分荒っぽかったな。と言っても、おれは隊も違うし何とも言えないが…」 「女性関係は?」 「女性関係?」 ハルタさんの言い方じゃ、しこたまあったみたいだけど。いやまあ、わたしが船に来てからもあったかもしれないけど。 「イゾウがナースと、ってことか。なかったとは言い切れないが…ほぼないと思うぞ」 「だといいんですけどね」 「おいおい、イゾウは兎も角、おれまで疑うのか?」 「そうじゃないですけど」 イゾウは兎も角って何だ。別に誰を疑ってるわけじゃない。只、信じたい言葉と現実は、すれ違ってることもあるってだけだ。 「イゾウさんて顔はいいじゃないですか」 「あァ、顔は、な」 「…まあ、中身の賛否両論は置いといて。たぶん、座ってるだけで女の子釣れるんですよね」 「こら、釣るとか言うな」 「ええ…でも実際、街を歩いてるだけで両手じゃ足りない数の女の子を、…んー、引っ掛けてるの見てるんですよ。雑な推測ですけど、船でもそんな感じだったんじゃないですか?」 「大分雑だな。間違ってるとは言わないが」 「やっぱり?」 誰がとか、そこまでは知りたくないけど。顔が良くて?強くて?優しくて?器用で?何か欠点作れや。こう、偏食とか? 「何だ、キアラのことで悩んでるのか」 「えっ、いや、そんなこと言ってませんけど」 「…誤魔化すなら、もうちょっと上手に誤魔化した方がいいぞ」 「そうですね。今のはちょっと酷かったですね」 「キアラがイゾウに言い寄ってるのは知ってる。イゾウがぼやいてたからな」 「イゾウさんが?」 「面倒くせェ、ってな」 ああ、わかる。そんな感じ。フィロッソさん、物真似上手だな。 「安心していいぞ。イゾウはイズに首ったけだからな」 「…そうですか?」 「そろそろ自覚してやってくれ。これ以上となると、本気で監禁しそうだ」 「そこまで暇じゃないでしょ…」 第一どこに監禁すんのさ。陸と違って、土地や空間が余ってたりするわけじゃないぞ。 「というか、イゾウさんの心配してるわけじゃないんですよ。ああ、この人正気に戻ったんだなって思うだけなんで」 「イズ。その自分を卑下する癖直せよ?」 「はあい」 「何か言われたのか?」 「言われたというか、最近わたしに絡んできてて…」 「イズに?」 「…イゾウさんとのがどうだったとか。わざわざわたしに言うんですよ」 フィロッソさんが苦笑いをする。別に落ち込んでないし、怒ってもいない。只、気持ち悪い。面倒くさい。嫌な気持ちにはなるし、苛立ちもする。 「イゾウに相談すんのが、一番手っ取り早いんだがなァ…」 「いいです。一々目くじら立ててもしょうがないし。わたしみたいな、ぽっと出のお子様がイゾウさんの隣にいるとか、気に食わないのもわかんなくはないんで」 「そこで卑屈になってちゃしょうがねェだろ?」 「卑屈はわたしのアイデンティティです」 「そんなもんアイデンティティにするな」 したくてしてるわけじゃないんだけどね。何で今なんだろう。何で。だって、イゾウさんと付き合い始めてから幾らか経ってる。まさか今更知ったわけでもないだろうし。 「何であの人、わたしと付き合ってるんだろう。本当謎」 「それは本人に聞いてみないとわからねェなァ」 「そもそも本当に付き合ってます?」 「そこまで後退するのか…傍目には、付き合ってるように見えるけどな」 「見た目と中身って別物だったりしません?」 「それを言っちゃあ、おれにはどうしようもねェよ」 「そうですね。ごめんなさい」 抱えた膝に腕を組んで、頭を乗せる。付き合ってる、筈だ。たぶん。駄目だ。何か色々自信なくなってきた。 *** 「イズル見たか?」 「イズ?いや、見てねェな」 「随分苛々しているじゃないか」 「ジオンとどっか行ったらしい。あの馬鹿。危機感ねェのもいい加減にしろ」 「あー、なるほどな」 「ジオンはそういうせこい真似はしないだろう?」 「そういう問題じゃねェ」 |
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