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前日の約束通り、太い木の根が這う隙間を分け入っていく。前にロハンさん、後ろにイゾウさん。鬱蒼と繁る葉のせいで何となく薄暗い。

「いいか、妙なもんにすぐ触んなよ」
「ロハンさんはわたしを何だと思ってるんですか?」
「何かやらかしそうで怖ェんだよ」
「そんなにやらかしてません」
「自覚ねェのが一番厄介だよな…」

何さ、心外な。別にわたしがやらかしてるわけじゃない。巻き込まれてるだけです。

「…本当に行くのか?」
「え、行きたい」
「イゾウ隊長、いいんですか」
「問題ねェだろ」

イゾウさんの手が頭に乗る。そんな渋い顔したって行くぞ。隊長の許可出たもんね。

「おれから離れんなよ?」
「努力はします」
「努力じゃねェ、絶対だ。じゃなきゃ連れて行かねェぞ」
「…頑張ります」
「イズル」
「…わかりました、離れません」
「ん、いい子だ」

こめかみに唇が落ちる。いい子じゃねえわ。子供扱いすんな。ロハンさんがため息をついた。諦めろ。わたしは言い出したら聞かない。

変な形の草。奇抜な色をした茸。わたしが十人いても囲い足りないような大樹。蝶が目の前を過って、足下を蛙が跳ねる。楽しい。めっちゃ楽しい。

「ロハンさんは、どうして一緒に来てくれたんですか?」
「どうしてって…いざって時の保険だろ」
「保険?」
「二人いた方が便利なこともあるからな」
「…何かごめんなさい」
「はあ?」
「いや、本当はガザさんたちみたいに、走り回りたかったとかあるのかなと思って」
「…別に、それはいつでもできるからな」
「イズルがはしゃいでんの見てる方が面白いってよ」
「何ですか、それ」
「こんな歩いてるだけで喜ぶやつなんざ、そうそういねェからな」
「…面白いじゃないですか」

言いつけ通り、触ったり何もしてないけど。本当は蝶を追っかけたいし、花が咲いてたら摘んで帰りたい。木の上にも上りたいし、動物がいたら捕まえたい。できるかどうかは別として。

「あ、ロハンさん。ちょっと待ってください」
「何かあったのか」
「いえ、変な花があったから、ちょっと見てたいだけです」
「花?」

花。というか、蕾。木の根もとに、わたしの頭と同じくらいはありそう。目で見える速度で膨らんで、今にも開きそうな。…弾けそうな。

「待機してろ!イズル、こっち来い!」
「えっ、はい!」

しゃがんでいた所から一歩二歩下がって、イゾウさんがわたしを抱えた瞬間、蕾が弾けた。強い甘い匂いに、くらっとする。立ち眩みみたい。

「イゾウ隊長、」
「まだ近寄んな。お前までやられちゃ面倒くせェ」
「はい」
「…イゾウさん?ですか?」
「あんまり見んな」

これは…いや、申し訳ないけど良いもん見てる気がする。わたしも他人事じゃないんだけど。ロハンさん。これは、わたしのせい…?



***

「ロハンのやつ、無事だといいなァ…」
「イゾウ隊長も一緒なら何とかなんだろ?」
「なら、お前行くか?」
「おれは行かねェ」
「そもそも、あの二人と一緒に探検とかしたくねェよ。邪魔者じゃねェか」




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