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美味しい。肉と肉と魚と肉と蟹。できれば野菜も欲しいです、サッチさん。
船をつけた浜でのご飯。まだ海の端に色がついている。時計は20時過ぎ。日が長いのもいいよね。いつまでも夕焼け。

「イズー!」
「はいはい」

既に顔を赤くしている兄さんに、片手で瓶を傾けた。大して食べないうちからぱかぱか飲んで。また潰れるぞ。また、というか、そろそろ懲りようよ。

「イズ、それ何だ?」
「これは何かの肉ですが」
「そっちじゃねェよ。その、ポケットから落としたやつ」
「あ、本当だ」

腕を伸ばした拍子に零れたらしい。拾って渡したら、即割った。でしょうね。わたしが割れるんだから、瞬殺よね。

「…待て待て待て!おい、これ!」
「お前、イズのもん壊すなよ」
「いや待てよ!だってこれ、…はあ!?」
「割ると思って渡してるんで大丈夫ですよ」
「…先に言えよ」
「狼狽えるかなあと思って」

ふふ、おかしい。あんな蟹見ても動じないのに、貝殻割っただけでおろおろしてる。

「貝殻か?」
「彼方では桜貝って呼んでました。知ってます?」
「へェ、聞いたことねェな」

そりゃそうか。男の子だし。海賊だし。貝殻拾いなんて縁ないよね。

「薄いから、さっきみたいに簡単に割れちゃうんですよ。その脆さと、色が桜っぽいから桜貝って言うらしいです」
「おいおい、今の貴重だったんじゃねェのか?」
「いっぱいあるから大丈夫です」

ポケットからじゃらり、と。片手に乗るくらい。一日中拾ってたからね。探せばまだあると思う。船の周りしか見てないし。

「…あんまり脅かすなよ」
「偶にはいいかと思って」
「それ。食えんのか?」
「食べても害はないと思いますけど、口の中ずたずたになりますよ」
「害あんじゃねェか」
「貝殻食べようなんて考えたこともなかったので」
「にしても、随分集めたな」
「もっとあったんですけど、割れちゃったから」

走ってる最中に握りしめちゃって。蟹め。お前のせいだぞ。美味しく頂いてやるわ。

「そんなにいっぱい拾ってどうすんだ?」
「どうしましょうか」

ついつい拾っちゃったけど、使い道ないんだよね。仕舞うとこなんかないし。金魚鉢に入れたら食べちゃうし。あいつら本当に雑食。魚の骨でも喜んで食べる。リノンに箱か何か作ってもらおうかな。いや、持って帰らなきゃいけないわけじゃないんだけど。

「後で何か入れ物やるよ」
「…別にどうしても持って帰りたいわけじゃないですけど」
「なら、おれが持って帰る」
「イゾウさんが?何で?ですか?」

おいこら。何笑ってんだ。嫌な予感するぞ。わたしの髪を梳いて、耳元に顔を寄せる。何、こそばい。

「イズルの貝だからな」
「はい?」
「桜」
「ちょっ、いつの話、…何で覚えてるんですか!」
「イズルだって覚えてんだろ?」

イゾウさんが満足げに笑って喉を鳴らす。そりゃ、まあ…覚えてますけども。覚えてますけども!そんな言わないでよ!稀に見る大失態だったんだから!イゾウさんは忘れてると思ってたんだから!



***

「毎度毎度、おれたちは何を見せられてんだろうな」
「言うな」
「お前、それ割ったのどうすんだ?」
「…海にでも帰すか」
「あァ、妥当だな」
「適当に捨てても、持ってても死ぬぞ」
「…イゾウ隊長も大概だが、イズも相当だな」




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