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地獄って死んだ後に行くもんだと思ってた、わたしはとても善良な一般市民だから行かないと思うけど。あ、もう一般市民じゃないけど。取り敢えず、そんなことなかった。本当、まじで地獄。マチと一緒に寝ちゃえば良かった。

「じゃ、本題に入ろうか」
「は?」

そんなことを言って、にっこり笑ったハルタさんは一番最初の話に戻った。…その、イゾウさんとどこまでが何やらの話。後ろに本人いんの。いつも通りと言わんばかりにわたしを膝の上に抱えて離しそうにないの。この世は地獄。人間なんか皆鬼畜。

「だってさ、気になるじゃん?兄妹がちゃんと宜しくやってんのかとか?」
「人の色恋沙汰に首突っ込まないでください」
「そんなこと言ってもさあ、正直イゾウが未だに手ェ出してないとか奇跡だよ?会って三秒で剥くから」
「三秒はねェよ」
「聞きたくないんだけど」
「本当に?聞きたくない?イゾウの女遍歴」
「断じて聞きたくない」
「毎日取っ替え引っ替えだったとか、一日に何人とか?」
「聞きたくないってば」
「諦めろ。ハルタはこういうやつだ」

さも味方みたいな口振りのサッチさん、生憎あんたも同罪だから!同情すれば罪が軽くなると思ったら大間違い。いじめに於ては傍観者も加害者!

喋ってばっかで、喉乾いた。そう言えばさっきグラス割れたっけ。イゾウさんが渡してきた猪口に口をつける。…これ誰の?新しいやつじゃない感じよね?

「そーいうのは平気でできんだよなァ」
「何が?これ誰の?」
「おれの」
「飲んじゃったんですけど。自分の探してきます」
「別に構やしねェよ」

あ、そ。返さないぞ。何てったって、今は大変機嫌が悪い。嫌な話したし、喧嘩もしたし、おでこ痛いし。まだ痛いの。頭蓋骨凹んでたりしない?それに、わたし聞きたくないって言ったのに。

「あんまり飲むと酔うぞ」
「酔う前に眠くなるんでお構いなく」
「何?どれで機嫌悪くなったの?」
「全部」
「イゾウの女遍歴が極めつけだろ?」
「誰もそんなこと言ってません」

とす、と背中を預ける。不愉快。何がというわけじゃないけど気分が悪い。何か前にもあったなあ。何だっけ。

「イズルに会ってからはイズル一筋だぞ」
「別に聞いてません」
「…ねえ、まさかとは思うけど、イズル嫉妬してんの?」
「してません」
「じゃあ、何で機嫌悪くなったのさ」
「おでこが痛いんです」
「それはイズルが悪いんじゃん」

悪くねえわ。イゾウさんがわたしの前髪を掻き分けて掌を当てる。冷たい手。熱出した時もこんな感じだった気がする。この人ちゃんと生きてる?

「…はっきり言ってあんたらが余所の女の子とどう寝たとか寝てないとか、そんな話聞いて面白いわけないじゃないですか。勝手にやってろ」
「…ごめん」
「別にいいです」

正直、しょうがないっちゃしょうがないんだよね。あっちは使う側、こっちは使われる側。基本的には。情事に対する認識が違う。それはもう、どうしようもないし、仕方ない。

「イズルは?」
「はい?」
「今までに付き合った人数」
「一人ですが」
「あー、まァ、そんなもんか」
「慣れてない感じはするしね」

何その、妥当、みたいな反応。夜道に気をつけろ。背後から刺すぞ。そんなことしたら返り討ちに遭うだろうけど。

「…どんなやつだよ」
「どんなやつって、…こんなやつです」
「イゾウみたいなのが二人もいて堪るかよ」
「そんな物好き二人もいたらわたしも驚きますね」
「…ん?だって、今までに一人って…」
「だから一人だって言ってんじゃないですか」

しつこいな。何さ。納得したんじゃないの?ご覧の通り一人ですよ。だからわたしの22年間は役に立たないんだってば。



***

「お、ルーカが潰れるなんて珍しいな」
「まァ、折角帰ってきたイズがあの調子じゃあな」
「島中走り回ってたもんなァ」
「こいつなりに悔しかったんだろ。戦闘じゃあ、まだまだひよっこだもんなァ」
「すげェいいやつなんだけどな」
「そもそも、イズにはちゃんと伝わってんのか…?」




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