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何故だ。何故増えた。それもこんな、さあ話が始まりますよ、みたいなタイミングで。暇か!放っとけ! 「何の話だ?」 「イズルが純粋ぶってる話」 「もうちょっと言葉選んでくれませんかね」 「だって本当のことだもん」 別に純粋ぶってるわけじゃねえわ。只、わかんないふりしてれば考えなくて済むから。例えば今みたいに部屋に誘われて、あっさりOKしたとして、そしたら、相手にそのつもりがなくたって傷ついたりしない。変な期待してないふりができるから。…いや、ハルタさんに期待はしていませんが。全く。 「ここじゃ話しづらいって言うから、じゃあおれの部屋来る?って聞いたら行くって言うんだよ。馬鹿だよね」 「あー、うん。イゾウが怒るぞ」 「そういう話はしてない」 …怒る、かなあ。怒るか。男の部屋に簡単に行くなみたいなことは言われた。倉庫で忠告されたこともあったか。一応誰の部屋にも行ってないし、倉庫にも行ってないけど。誰もそんなつもりないでしょうよ。 「何でわざわざ無防備なふりしてんの?襲われたいの?」 「別に襲われないって知ってるからですよ」 「それ、おれたちへの信頼とかじゃないよね」 「…信頼もしてますけど。だって普段から姉さんたち見てたら、普通の女の子だって色褪せて見えますよ?毎日眼福」 腰を下ろしたサッチさんが眉を下げる。反対に、ハルタさんは眉を吊り上げる。そんな顔されたって。わたしの22年が物語ってる。わたしに、そんな価値はない。 「…競りでのわたしの文句聞きます?」 「は?」 「極々普通で平凡な、色気も可愛げも物足りない」 「何、喧嘩売ってんの?」 「売ってませんよ。っていうか、何でハルタさんが怒るんですか」 「そんなクズの発言を真に受けてるわけ」 「別にこれのせいってわけじゃ…商品の紹介としてどうよとは思いましたし」 まあ、褒めるところがなかったのもわかる。最終的に1,000万の値はついたけど、あれはわたしの価値じゃない。その前の、何万だったか何だかだって。父さんの、白ひげの価値だもん。 「あのさァ、おれ怒っていい?怒っていいよね?」 「怪我はさせんなよ」 「えっ、」 グラスが割れた。背中も頭も打った。真っ黒い空を背景に、わたしの胸ぐらを掴んだハルタさんがめちゃくちゃ怖い顔をしている。何でそんな怒るの。何に怒ってるの。だって本当のことじゃん。 「手ェ動かすなよ」 「えっ、あっ、はい」 頭の近くでカチャカチャ音がする。たぶん割れた破片を回収してくれてる。ありがとうございます。ありがとうございます? 「イズの自己評価が低いのは今に始まったことじゃねェけどな。おれも大分不愉快」 「…競りをネタにしたから?」 「んー、まァ、それもないわけじゃねェけどな」 「何でそんなに自分のこと悪く言うのさ」 「…悪くは言ってませんけど、」 あっ、駄目だこれ。下手に喋ると殺されそう。まじで。ええ…どうすんのさ。余計な度胸ばっかりついちゃって。どうしろって言うのさ。 「誰が普通で平凡だって?」 やたら静かだ。あれ、他にも兄さんたちいたよね。 「確かに色気はあんまりないかもしんないけど」 「ほら!やっぱり!」 「うるさい!」 「いっ、」 痛い…揺すらないで。脳細胞死んじゃう。だって今、ガン、て。ガン、て音したよねえ? 「ねえ、わかってる?イズルの発言て、おれたちの可愛い妹を侮辱してんのと同じなんだけど?」 「可愛いって意味が違うんじゃ、」 「そうやって!すぐわかんないふりする!」 痛っ、…何でわたしこんな怒られてんの?個人の価値観なんか知りませんけど?何がしたいのさ。わたしが自分で自分のこと可愛いですって言ったら満足か?絶対言わねえけどな! 「生憎わたしの22年間が答えです!」 「そんな何処だか知らない国の話なんか聞いてないよ!」 「じゃあ、わたしが生きてきた今までは全部無価値だったって言いたいんですか!」 「そんなこと言ってないだろ!」 「なら、わたしがわたしのことをどう思おうがわたしの勝手です!」 「だからっておれたちの言ってることまで否定すんな!」 「否定なんかしてない!ハルタさんはそう思いました、でもわたしはこう思いますってだけでしょう!」 「そのイズルが思ってることが気に食わないんだってば!」 「じゃあ、どうしろって言うんですか!わたしがはい、ハルタさんの言う通りですって言ったら満足ですか!」 「そうじゃないだろ!何でわかんないんだよ!」 「わかんない理由まで知るか!」 ぱん、と手が出た。寧ろ、今までよく出さなかった。そしてよく当たった。隊長だぞ。何で当たったんだ。 *** 「おい、止めんな」 「…本気かよい?」 「偶にはな」 「どうしたらあんな喧嘩になんだよい」 「イズルは結構卑屈だからな」 「あァ?」 「からっとしてるから余計に質が悪ィ。おれが可愛いっつっても、リリーが可愛いっつっても駄目なんだよ」 「イゾウが諦めるなんて珍しいねい」 「諦めてねェよ。時間はたっぷりあるからな」 |
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