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目を細く瞬く。見慣れないこともない、イゾウさんの部屋。頭を撫でる手が気持ちいい。このままもう二眠りくらいしたい。

「イズル、そろそろ起きな」

随分と高い位置から聞こえる声に、俯せになって枕に顔を埋めた。だって眠い。眠たい。寝汚いなんて言われるのは嫌だけど、布団大好きだもの。自分の布団も好きだけど、余所様の布団も好き。
そうやってうだうだしていたら、ぎし、とベッドが軋んだ。

「夕飯食わねェつもりか?」
「ゆうはんよりすいみんのほうがだいじ…」
「宴会やるって言ってるぞ」
「…いってらっしゃい」

宴会なら夜中までご飯あるもんね。ご飯というか、つまみばっかりだけど。ああ、父さんも出てくるのかなあ。まだ帰ってきてから話せてない。

「主役がいなくちゃ始まらねェだろ」
「はい…?」
「イズルの無事と、マチの歓迎会だと」
「…べつにわたしがいかなくたって、はじまるからだいじょぶですよ」

昼間っから飲んでる兄さんもいっぱいいるしな。…あ、そうか。イゾウさんの部屋にわたし一人はまずいか。起きたくないなあ。

「んん…」
「何だ、起きんのか」
「散々起きろって言ったのイゾウさんじゃないですか」
「まァな」

ベッドに座ったイゾウさんが、わたしの乱れた髪を梳く。すっきりした顔しよって。わたしはこんなに眠いのに。お腹空いた。

「腹減っただろ」
「…まあ。朝も途中までしか食べてないですし」
「あんまり気持ち良さそうに寝てたから、起こさなかったんだよ」
「…イゾウさんは、いつから起きてるんですか?」
「おれは、…昼過ぎくらいか?」

昼過ぎって、…ショートスリーパーって言うんだっけ。短時間睡眠で平気な人。いいなあ。ちょっと羨ましい。けど。…え、その間この人何してたの?

「寝てたいんなら寝ててもいいぞ」
「…でも、イゾウさんは飲みに出ますよね?」
「へェ、そんなにおれと一緒がいいのか?」
「違います。…いや、そうじゃなくて。部屋の主がいないのに、わたしがいたらまずいじゃないですか」
「あ?何で」
「…何となく」

額に、頬に、唇が触れる。擽ったくて、心地好くて、何か…もっと、と思う。いや、思うな。そんな欲しがったら、底無し沼に飛び込むのと一緒だぞ。人間の欲に際限はない。百八つどころじゃ済まない。

「イズルなら構わねェよ。他のやつだったら叩き出すけどな」
「…でも、ご飯は食べます」
「ふ、残念だ」

ちゅ、と唇に触れて、イゾウさんが立ち上がる。後を追って、ベッドから下りた。

「ああ、次は起きてる時にしてくれよ?」
「…はい?」

何を?えっ、寝てる間になんかした?じゃなくて?待って。まさか起きてたなんて言わないよね?



***

「イズさん、もどってこない…」
「そうねえ。イゾウの部屋に行ってみましょうか」
「イゾウさんのへや?」
「ええ、たぶんイズも一緒にいるわ」
「大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない?だって22歳児だもの」
「…あれ止めなくていいんですか」
「いいんじゃない?イズルがいきなり大人になれるわけないし。やってたらやってたで面白いじゃん」
「やめてやってくださいよ…」




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