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いつ来てもきれいだ。今でこそきれいだけど、わたしの部屋は大体いつも散らかってた。今きれいなのも姉さんがいるからで、一人部屋になったら絶対散らかす。絶対。

「何やってんだ」
「正座です。ご存知ないですか」
「見りゃわかる。何で正座なんかしてんだ」
「反省の意を示そうかと」
「んなもんどうでもいい」

…どうでもいいですか。さいですか。いや、どうでもいいってことはないでしょうよ。怒ってるんじゃないの?

「いいからこっち来な」
「…はあい」

ベッドに座ったイゾウさんが手招く。何でベッドよ。幾らわたしだってちょっとやな予感するぞ。いや、嫌なわけじゃないけど、そうじゃなくて。

「もっと」
「…あの、」
「何もしねェよ」

本当に?いや、殴られるなんて思ってるわけじゃないけど。

「うわっ、」
「遅ェ」

苛立ったようなイゾウさんに一歩近づいた途端、腕を掴んで引き倒された。背中からぎゅうぎゅうに抱き込む腕がきつい。何もしないって、何もしないって言ったのに!

「…期待してんのか?」
「ちがっ、違います!」
「残念だがお預けだな。眠くて仕方ねェんだよ」

眠くてって、えっ、このまま寝るの?このまま?いや、初めてじゃないけどさ。わたしてっきり怒られるんだと思ってたんだけど、眠くてって。眠くて?

「あの、イゾウさん、寝てないんですか」
「当たり前だろ。イズルがどうしてんのかわかんねェのに寝てられるかよ」

…ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。普通に寝ててごめんなさい。板張りの上だったし安眠じゃなかったけど。だって寝ておかないと。食事は少ないし、起きてたら鎮静剤使われるし、体力温存と暇潰しを兼ねてさ。

「その上、昨日は来ねェしなァ?」
「寝落ちしたんです。ごめんなさい」
「だけじゃねェだろ」
「…イゾウさんが怒ってるのわかってたから、あの、怒られると思って」
「へェ、心当たりがあんのか」
「…変なのに捕まったから?」
「それはラクヨウの落ち度だろ」

ああ、そう言われればそうか。ラクヨウさん、見てないな。ハルタさんとかも見てないけど。父さんのとこにも行けてない。あれ、わたし実は寝てる場合じゃないのでは?

「お前、マチの身代わりになろうとしただろ」

…んん?あ、あれか。でも、他に思いつかなくて。言っても聞かないだろうし、力ずくでなんて無理だし。それに、

「…イゾウさんなら助けてくれると思って」
「助けなきゃならねェような状況になるなっつってんだよ。その前に頼れ」
「頼ってます」
「頼ってねェよ。あのガキ助けてくれって言やァいいだけだろ」

…なるほど。え、でもそれって、イゾウさんを使うみたいな感じしない?嫌じゃない?わたしは嫌なんだけど。するのも、されるのも。

「そんなに頼りねェかよ」
「いや、そんなつもりはないんですけど」
「つもりがねェから質が悪いよなァ」

後頭部にイゾウさんが擦り寄る。そんなに?

「何でも一人でどうにかしようとすんな。ちゃんと呼べ」
「…善処します」
「善処じゃねェ…約束しろ」

暫く、何も言わなかった。言わなかったというか、寝たな、これ?寝ても緩まない腕ってどうよ。抜け出したりしないけどさ。

何とか寝返りを打って向かい合うと、目を閉じたきれいな顔がある。きれいだけど、やっぱりちょっと窶れた?寝顔見るの初めてだから、比較対象がないけど。

「ありがと」

起こさないように、静かに呟いて唇を寄せた。額に。そんな度胸がわたしにあるわけがない。これだけだって恥ずかしくって仕方ないのに。何でイゾウさんはいつも平然としてるの。まだどきどき言ってる。



***

「お、イゾウ。イズどうした?」
「寝てる」
「寝てるって、…お前の部屋で?」
「妙な想像してんじゃねェよ」
「いや、だって、なァ?」
「おれに振らないでください」
「何か食う物くれ。腹減った」
「はいはい。部屋で食うのか?」
「あァ」
「じゃあ、握り飯でいいか?」
「イズルの分も頼む」
「わかってるよ」




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