癖は誰にだってあるものだと思う。例えば髪を耳にかけるとか、唇を噛んでしまうだとか。自覚しているものから無自覚なものまで。かく言う私にもついやってしまう癖はあるから、人の癖にとやかく言えるわけではないのだけど。
「……三月くん」
気付いているのかいないのか、未だ両足を小刻みに揺らしている彼に声を掛ける。三月くんが今まさにしてしまっているそれは、所謂貧乏ゆすり。いつからするようになったのかはあまり覚えていないけれど、前まではなかったはずのその癖がいつの間にかついてしまったらしい。
「んー? どうした?」
「なんていうか、その……それがちょっと気になって」
そう言いながら私がすっと彼の足を指差すと、状況を理解したらしい三月くんがやばっと声をあげた。なんとなくそんな気はしていたのだけど、どうやら無意識のうちにしてしまっていたみたいだった。
「あー、またやっちまってたか……大和さんにも気をつけろよって言われてたのに。ごめんな、なまえ」
「ううん、ちょっと気になったってだけだから大丈夫。でも、大和さんにも注意されてたんだね」
「まぁ、アイドルが貧乏ゆすりとかしてたらファンに幻滅されちゃうしな。……注意とは違うけど、環にも車で移動してる時に言われたわ。ずっと足動いてんなーってさ」
だから気をつけてはいるものの、ついついやってしまうんだとか。染み付いてしまった癖とは恐ろしいものである。
「三月くん、前まではそんな癖なかったのにね」
「そうなんだよ。でも少し前に、ドラマでバンドのドラムをやる役を演じるからドラムを始めてさ。たぶんそれからなんだよなぁ……」
「そのドラマって、この前から放送が始まったやつだよね?」
「そうそう、それ!」
三月くんの他にも、彼と同じグループのメンバーである環くん、ŹOOĻのメンバーのトウマくん、悠くんが出演していて話題になっているドラマだ。確か様々な理由から夢を諦めた大学生四人たちがバンドを組んで、野外音楽フェスに出演するべく切磋琢磨する……というストーリーだったような。演奏シーンも実際に四人が演奏しているみたいで、狂喜乱舞したファンによってSNSは大変盛り上がったとかなんとか。
「でも、ドラムと貧乏ゆすりに何の関係が……?」
あまり関係があるようには思えず首を傾げると、やっぱりそう思うよなと彼が苦笑する。バンドの経験がない私にはわからないけれど、経験者にしかわからない何かがありそうだ。
「オレも始めるまでよく知らなかったんだけど、ドラムって腕だけじゃなくて、足も使って演奏するんだよ」
「そうなの?」
「そうそう。バスドラムっていうドラムセットの中でも大きなドラムがあって、それは足でペダルを踏み込んで叩いてるんだ。あ、あとハイハットもか。これはドラムじゃなくてシンバルなんだけど」
「へぇ……!」
そんなドラムを叩けるようになるには、事務所がスケジュールを調整して確保してくれた練習時間だけでは足りず。三月くんは空き時間にも、腕や足を動かしてドラムを叩く感覚を体に覚えさせたり、楽譜を見ながら動きだけで叩いてみたりと、必死に練習したらしい。そしてその結果、無意識のうちに両足がビートを刻むようにして動くようになってしまった、と。
「番組の収録中とかは普段よりも気をつけてるし、さすがにやってないと思うんだけど……楽屋にいる時とか車で移動してる時、メンバーと一緒の時とか、なまえといる時なんかはダメっぽい。たぶん、気ぃ抜けてるんだろうな」
その言葉がすごく嬉しかった。
三月くんがどれだけメンバーのことが大好きなのか、大切に思っているのかは、彼を見ていればよくわかる。彼に愛されているメンバーのみんなを、羨ましいと思ったことがないと言えば嘘になるけれど。三月くんは私のことだって好きだと言ってくれるし、大切にしてくれているとわかっているから、メンバーのみんなを羨むのは違うと言い聞かせていた。
(私といる時も、気を許して安心してくれてたんだなぁ。メンバーのみんなと一緒にいる時みたいに)
その事実が嬉しくて、自然と口元が緩む。そんな私を見た彼が、なんかニヤけてねぇか? と私の頬をつついた。
「三月くん、私といる時はいくらでもビート刻んじゃっていいからね! 目指せ、ドラマー兼アイドル!」
「おう! って、いやいやいや! ドラマー兼アイドルってなんだよ! オレの本業アイドルだから! ドラム始めたのは役作りだからな!?」
綺麗にノリツッコミしてくれる三月くんに、さすがだなと心の中で称賛を送る。
こういう冗談めいたことを言えるのも、たぶん彼が相手だから。三月くんが私といる時に安心してくれているように、私も三月くんといる時は気を許しているし、安心しているのだ。
これからもずっと、そんな優しくて心地良い関係でいられたらいいな。そう思いながら、どちらかともなくふたりで笑い合った。