アイナナ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

愛しさを溶かした夜



 今日も遅くなっちまったな……と思いながら、後ろ手に玄関のドアの鍵をかけた。両足から剥ぎ取るようにして脱いだ靴は、きちんと揃えてからフローリングに足をつける。
 アイドルという職業柄、仕事が忙しいのはいいことだ。それだけファンが俺たちを、ŹOOĻを求めてくれているということだから、純粋にすげー嬉しいし、その期待に応えたいとも思う。その気持ちに嘘はないけれど、彼女と過ごす時間が少ないのは寂しく感じていた。
 今この家で一緒に住んでいるなまえと同棲を始めたのは、なかなかお互いの休みが合わず会えない日の方が多いから、少しでも一緒に過ごせる時間を作りたいと思ってのことだった。その甲斐もあって、最初の頃は同棲する前よりも一緒に過ごす時間が増えたと思う。だけど、仕事が忙しくなるにつれて二人の時間も少しずつ減ってしまい、同じ家に住んでいるはずなのにすれ違う日々が続いていた。

「なまえ、もう寝てるよな……って、あれ? リビングの電気が点いてる……?」

 いつもなら彼女は既に寝ている時間だから、リビングの電気は消えているはずなのに。どうしてか今日は点いていて、それを不思議に思いながらも俺はリビングへ続くドアを開けた。

「た、ただいま〜……」

 電気が点いたままのリビングは、シーンと静まり返っていて音一つしない。やっぱり、なまえが消し忘れてしまっただけなんだろう。そう思ったが、どうやらそれは違ったらしい。
 ちょっと腰掛けようと思ったソファに視線を落とすと、何故かそこで横になり、すやすやと眠っている彼女の姿が視界に入って来た。驚いて思わず声を上げると、瞼がふるりと震えてゆっくりとなまえの目が開いた。

「あっ、ごめんな! 起こしちまって……」
「……ううん、大丈夫。おかえり、トウマくん」

 わたし、いつの間にか寝ちゃってたんだなぁ。そう言葉を続けた彼女はのそのそと起き上がり、ぽんぽんと軽くソファを叩いた。たぶん座れってことだよなと理解した俺は、なまえの隣に腰掛ける。

「眠そうだし、早くベッドで寝た方がいいんじゃないか? ここで寝ても疲れは取れないだろ」
「眠い、けど……このまま寝ちゃったら、トウマくんを待ってた意味がないから」
「え? 待ってた? 俺を?」

 こくりと頷いた彼女は、やっぱり眠いのか「ふぁ〜……」とあくびをこぼした。どうして俺を待っていてくれたのかはわからないが、早く寝かせてあげた方がいいだろう。なまえも明日は仕事だろうし。

「最近、一緒に過ごせる時間がなかったでしょ? だから少しでも顔が見たいな、少しでも話したいなって思って待ってたんだ」

 待ってる間に寝落ちちゃってたんだけどね、と苦笑いする彼女に手を伸ばして、その体を腕の中に閉じ込める。言葉にするよりも先に、思わず体が動いてしまった。

「ありがとう、俺のこと待っててくれて。すっげー嬉しいよ」

 なまえも疲れて帰って来てるから早く寝たかっただろうし、申し訳なく思う気持ちがないと言えば嘘になる。でも、それ以上に嬉しかった。少しでも俺の顔が見たい、少しでも俺と話したいと思って、待っていてくれたことが。

「けどごめんな、俺を待ってたから寝不足になっちまようよな……」
「それは大丈夫。明日は有給取ったから、いつもより遅く起きようかなって」
「ってことは、明日休みなのか?」
「うん、休みだよ」

 偶然にしては出来すぎている気がしないでもないが、俺も明日は一日オフだった。それを彼女に伝えれば、じゃあ明日はふたりで過ごせるねと嬉しそうな声が耳をくすぐった。
 今まであった寂しさがじわりと溶けて消えていくのを感じながら、大好きな温もりをただ抱き締めていた。眠いと言っていたなまえを早く寝かせてやりたいのに、もう少しだけこのままでいたいと、己の欲望のままに。

[ back to top ]