アイナナ | ナノ
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恋になりたい蕾



 特別何かしなくても植物は元気に育って綺麗な花を咲かせるし、果実や野菜も美味しく実る。この国はとても暖かくて過ごしやすいから、きっと植物にとっても育ちやすい環境なのだろう。と言っても他の国には行ったことがないので、比較をしようにも出来ないのだけど。

「……よし! ここの植え替えはこんな感じでいいかな」

 すっかり汚れてしまった両手の土を払い落としながら、たった今植え替え作業が終わったばかりの場所へ視線を移す。全体のバランスを考えながら花を選んだから、なかなか綺麗にできた気がする。
 お祭りに供える花はお祭り毎に種類が決められているけれど、神殿周りに植えている花はこれといって特に決まりがあるわけではない。花係が比較的自由に決められるので、担当する人によっては全く違う雰囲気になることもある。そんな個性が見られる花係の仕事がわたしは結構好きだった。

「あ、この蕾もう少しで咲きそう」

 早ければ明日、遅くても明後日には咲いてくれることだろう。見るのが楽しみだと思いながら、色々と花たちに話しかける。街中で見かけた猫が可愛かっただとか、昨日食べたお昼ご飯が美味しかっただとか、内容は割とどうでもいいようなわたしの日常を切り取ったもの。
 花に話しかけるようになったのは、植物に話しかけたり、音楽や歌を聞かせたりすると綺麗に育つらしいと本で読んだことがきっかけだった。既に綺麗に咲いている花が、もっと綺麗に咲くかもしれないなら試してみようと始めたのだ。その成果が表れているのかは、いまいちわからないけれど。

「花係の……またお前か」
「カイドウ様! こんにちは」

 背後から聞こえてきた声に振り返れば、そこにはこの神殿の神官の一人、カイドウ様の姿があった。ぺこりと軽く頭を下げて挨拶すると、彼は呆れたように溜め息を吐いた。

「お疲れみたいですけど、大丈夫ですか?」
「疲れているというより、何故いつも花に話しかけているのかと呆れているんだ。そんなことをしている花係は他に居ないだろう」
「まぁ、確かにそうですね……」

 でも花に話しかけて怒られたことはないですし、結構楽しいので続けると思います。
 わたしがそう言葉を続けると、カイドウ様は呆れながらも「変わっているな」と言って笑った。言い方は悪いけれど、いつも仏頂面で、だからこそ怖がられている彼のそういう表情が見られるとは、珍しいこともあるものだ。

「? 私の顔に何かついているのか」
「いえ! ただ、カイドウ様も笑うことあるんだなぁって思って……!」
「私も人間だ、笑うことくらいはある。……頻度としては高くないがな」

 神官長殿にはもう少し愛想を良くした方がいいと言われるのだが、笑うというのはなかなかどうして難しいものだ。そう言ったカイドウ様の表情は、もういつも通りに戻っていた。

「そろそろ戻るとしよう。なまえも、花と会話ばかりしていないで、仕事に励むように」
「はい!」

 仕事に戻る彼の背中を見送りながら、今日は珍しいものを見ちゃったねと再び花に話しかける。カイドウ様には仕事に励むようにと言われたけれど、もう今日の分はほとんど終わってしまって、特にやることがなかったからだ。

「呆れ半分って感じだったけど、カイドウ様って笑うとあんな感じなんだなぁ」

 彼の笑い方は、一言で言うのなら笑うことに慣れていない人の笑い方だった。
 カイドウ様のことはそこまで深くは知らないけれど、さっきのようにたまに少しだけ会話をするようになってから、ただ真っ直ぐなほど真面目で不器用な人だとわかった。笑い方にもその性格が表れているんだなと思うと、なんだか親近感が湧くというか、心がちょっとざわざわする。でもそれは嫌な感じではなくて、くすぐったさを覚えるようなそんな感じで。

「今度はちゃんと見たいな。呆れた感じじゃなくて、心から笑ったカイドウ様。ね、君たちも見てみたいよね」

 わたしの問い掛けに同意するかのように、吹き抜けた風によってゆらゆらと花が揺れた。もう少しで咲きそうな蕾もまた、見てみたいと言わんばかりに揺れていた。

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