アイナナ | ナノ
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アゼリア



 戦利品であるたくさんの食料を両腕に抱えながら、みんなに配ってくると言うプラセルの背中を見送る。行ってらっしゃいと振っていた腕を下ろすと、怪我の手当てでもしようかなと軽く袖を捲った。
 特に何も言われなかったということは、どうやらプラセルの目は騙すことができたらしい。もし一緒だった相手がヴィダやオルカだったなら、こんなに上手く隠し通せなかっただろう。嗅覚が鋭く、頭の切れるオルカは特に。

「お、帰ってたのか。結構遅かったな」
「オルカ」

 噂をすれば何とやら。振り返るとそこにはオルカの姿があった。反射的にぱっと負傷した方の腕を背中に隠す。
 こちらに近付いて来た彼はスンスンと匂いを嗅ぐと、みるみるうちにその顔を顰めた。おそらく血の匂いに気付いたのだろう。

「さてはプラセルのヤツ、また殺したな?」
「あー……うん、殺してたね。いつものことだけど」
「生かしておけばいくらでも使い道はあるってのに、アイツ、何回言ってもわかんねぇからなぁ……で? こんだけ濃く血の匂いがするんだ、それだけじゃねぇだろ」
「……わたし、オルカの鋭すぎる嗅覚がたまに怖い」

 少しでも血の匂いが誤魔化せるようにと、わざわざ香水の匂いが強かった商人を選び、そいつが着ていた高そうな服を切って応急処置をしたというのに。さすがはオルカと言うべきか、一瞬でわたしが怪我をしていることに気付かれてしまった。

「プラセルにはバレなかったのに……」
「いや、そもそも隠すなよ。傷が悪化して長引く方が面倒だ」

 手当てするから傷を見せろ。そう言葉を続けたオルカに渋々従い、大人しく腕を差し出す。止血のためにきつく布を巻いておいたので、解くにしろナイフで切るにしろ、片手しか使えないわたしには無理だったからだ。それがわかったのだろう、オルカはわたしが腰に差している短剣を抜くと、それを使って器用に布を切り落とした。

「血は……止まってるか。じゃあガーゼ当てて、上から包帯巻いておけば大丈夫だな」
「あ、ガーゼとか包帯とか、手当てに必要な物はそこに置いてある袋に入ってる。他にも売れそうな物は粗方盗ってきたから、あとで確認してくれる?」
「マジか。今日は俺も行けなかったし、そのへんはあんま期待してなかったんだが……」
「オルカに比べたらお金になる物、ならない物の見分けは下手だけどね。わかる範囲で判断はしたつもり」

 負傷して綺麗なガーゼと包帯を使わせてしまっている時点で、迷惑をかけてしまっているけれど。わたしだって黒縄夜行だ。みんなの、オルカの役に立ちたい。少しでも長く、この地でみんなと生き延びる為にも。

「ほら、終わったぜ」
「ありがとう、オルカ」

 彼が手当てをしてくれた腕には、真っ白な包帯が綺麗に巻かれていた。なんだかんだで丁寧に手当てしてくれたあたりがオルカらしい。なんて言ったら、適当にやって傷が化膿でもしたら後が面倒だからな、とかなんとか言われそうだけど。

「わかってるとは思うが、明日は大人しくしてろよ」
「え? なんで?」
「なんでってオマエ、怪我人だろうが」
「それはそうなんだけど、このくらい大したことないよ」

 確かに彼の言う通り怪我人であることは違いないが、この程度なら問題なく戦える。もし負傷していた腕が利き手だったら、多少の問題はあっただろうけれど。

「まぁ、その程度の傷なら問題はねぇだろうけど。明日はプラセルとか他の連中に任せて、大人しくしとけ。その状態で無茶して、うっかり死にでもしたら笑い者だ」
「うっかり死ぬほど弱くはないよ。負傷して帰って来たからあんまり説得力はないけど……」
「冗談だよ。オマエがそこそこ強いのは知ってる」
「……強くならざるを得ないからね、わたしたちは」

 弱い者は真っ先に死に、強い者だけが生き残る。この世はいつだって弱肉強食だ。今日を生き抜く為には強くなくてはならない。そうして強くなって、わたしたちは他者から奪うことで生きてきた。明日も、明後日も、その先もそうやって生きていく。この命がある限りは、ずっと。
 だからこの気持ちは邪魔でしかない。おそらくは、誰かに伝えることもなく墓まで持っていくことになるだろう。

(……好きだよ、オルカ)

 でもせめて、心の中で言うくらいは許されたい。そう思いながら、決して口に出すことはせず心の中でだけ言葉にした。
 それは、わたしにとって初めての恋。わたしの死と共に葬り去られる淡く儚い感情だった。

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