アイナナ | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

遅効性スイートポイズン



 はっと目が覚めた時にはもう、夢の内容をあまり覚えていなかった。ただ漠然と、嫌な夢だったと不快感が残っているだけで。
 枕元に置いているスマホを手に取り、今の時間を確認する。画面に表示された今の時間は午前三時過ぎ。まだ余裕で眠れるけれど、寝直そうにも気分が悪くすぐには寝付けそうにない。水でも飲みに行って、それから寝直そうか。そう思ってむくりと起き上がったところで、ガチャリとドアが開いた。

「……あら、まだ起きていたんですか?」
「巳波くんこそ。まだ起きてたんだ」
「今日は調子が良かったので、進められるだけ進めようと思って作業をしていたんです。幸い、明日は遅めの時間でしたから」

 でも結構いい時間になってしまったので、そろそろ寝ようかなと切り上げて来たところです。
 そう言葉を続けた巳波くんはこちらに近付いて、寝るためだろう、布団の中へと入ってきた。

「……何か、悪い夢でも?」
「え、なんで……」
「あなたはいつも、この時間は眠っているでしょう。そんな人が起きているということは、夢見が悪くて、目が覚めてしまったんじゃないかって。その反応を見るに、どうやら当たりだったみたいですね」

 わざわざ否定するようなことでもなかったので、こくりと頷く。すると彼の手がすっと伸びてきて、わたしの頭を優しく撫でた。まるで母親が子供をあやすかのように、よしよし、と。

「なんか子供扱いしてない?」
「気のせいじゃないですか? 私はただ、こうして頭を撫でられると安心するかなって思っただけですよ。それとも、抱き締める方がよかったでしょうか」

 確かに彼の言う通り、頭を撫でてもらっているとどこか安心する。抱き締めてもらえたらその安心感は更に増すことだろう。だけど、巳波くんは作業を切り上げて眠りに来たのだ。疲れているだろうし、数時間後には起きて家を出なくてはいけないのだから、わたしに構っている場合ではないはず。

「ありがとう。でも大丈夫だから、巳波くんは先に寝ていいよ」
「そう言われて、じゃあお先にと寝るような冷たい人間に見えます?」
「……時と場合と、相手によりそう」
「まぁ、否定はしませんけれど……あなた相手にするつもりはないですよ。こう見えて私、恋人は甘やかしたいタイプなので」

 なまえさんがもう一度眠れるまで、私もお付き合いします。だから遠慮なく甘えて、私を頼って。そう言った彼の声は、砂糖を混ぜ入れたように甘い。
 その甘さに誘われて、巳波くんを頼ってもいいのだろうか。夢見が悪かったというだけなのに、甘えてしまってもいいのかな。そんなわたしの迷いを見抜いたのか、彼の腕によってぎゅっと抱き寄せられた。

「あんまり甘やかされると、巳波くんがいないとダメになっちゃいそう……」
「私としてはなっていただいて構いませんよ。いいえ、むしろなってください。だって私はもう、あなたのいない日々なんて考えられないのだから」

 巳波くんのいない日々なんて、わたしももう考えられないかもしれない。それくらい彼と過ごす時間は心地よくて、当たり前になりつつある。

「……ずっと、一緒にいてね」
「なまえさんこそ、私の隣にいてくださいね」

 もぞもぞと動いて、彼の背中に腕を回して抱き締め返した。大切な物を腕の中へ閉じ込めるように、暗闇の中で差し込んだ光に縋るように。
 触れたところから伝わる温もりと鼓動に、ゆっくりと意識が眠りへ落ちていく。きっともう、悪い夢なんて見ることなく眠れるだろう。巳波くんも幸せな夢を見られますようにと思いながら、睡魔に身を任せた。



『Words Palette hug!』より
29.弱虫愛に溺れる(縋るような、安心、よしよし)


[ back to top ]