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好きに理由はないけれど



 彼のわたしへの愛情を疑ったことはないし、今だって別に疑っているわけでない。ただ、どうして楽くんみたいな魅力的な人がわたしなんかを好きになったのだろうかと、疑問に思ってしまうだけで。だってわたしには、何もない。可もなく不可もなく、どこにでもいるような普通の人間。
 TRIGGERの八乙女楽といえば、老若男女問わずいい男だと答えると思う。実際、彼はそのくらい魅力に溢れた人なのだ。眩しいくらいに真っ直ぐで、情が深くて、スタイルもいいし、顔もとても整っている。他にももっともっとたくさん素敵なところがあって、知れば知るほど魅せられて、好きになってしまう。
 そんな八乙女楽が好きになったのは、付き合っているのはわたしみたいな人間だなんて知ったら、世間はきっと驚くだろう。彼の職業柄、わたし達のお付き合いを世間の皆様が知る日はおそらく来ないけれど。楽くん本人が公表でもしない限りは。

「今週もめちゃくちゃ良かったよな! また二階堂に感想送らねぇと」
「あ、うん。そうだね、今週もすごく良かったな」

 IDOLiSH7の大和くんが出演しているからと、楽くんがなるべくリアルタイムで視聴するようにしていたドラマは、既に終わってしまったらしい。彼に釣られるようにして見始めたけれど、これがなかなか面白くて見ていただけに、上の空になってしまっていたことを後悔した。来週見た時に話の流れがよくわからないのも嫌だから、後で見逃し配信でも見ようかな。

「なまえ」

 わたしの名前を呼んだ楽くんに抱き寄せられて、頭がぽすんと彼の肩に乗った。ちらりと彼の方に視線を向ければ、楽くんもこちらを見ていたようで目が合った。

「ドラマの感想、送らなくていいの?」
「今はな。あとで送るよ」

 いつもならドラマを見終えるとすぐに感想を綴って送っているのに、珍しい。そう思いながら、真っ直ぐにわたしを見つめる月白色の瞳から目を逸らした。

「……何か、悩みでもあるのか?」
「え?」
「さっきボーッとしてただろ? ドラマにも全然集中できてねぇみたいだったし。言いたくないなら無理には聞かねぇけど、もし何かあったら遠慮なく言ってくれ」

 そう言ってくれた彼の優しさが嬉しい反面、申し訳なく感じた。
 だってこれは、わたしが抱えているものは悩みというほどのものではない。楽くんに心配してもらうようなことではないのだ。

「…………一つ、聞いてもいい?」
「おう、いいぜ」
「楽くんはどうして、わたしなんかを好きになってくれたの? ほら、他にも可愛い子とか優しい子とか、魅力的な子はたくさんいるでしょ? だからなんでなのかなぁって気になって……」

 どうして自分を好きになったのか、なんて聞かれてもきっと面倒くさいだけだろう。それがわかっていたはずなのに、なんでわたしは聞いてしまったのだろうか。
 やっぱり聞かなければよかった……と後悔する中で、不意にようやく薄れつつあった記憶がフラッシュバックした。わたしは前に付き合っていた彼氏にも同じことを聞いてしまい、そういう面倒くさいところが無理だと言われて、別れを告げられた。

「や、やっぱり何でもない! ごめんね、気にしないでいいから」

楽くんはそんな人じゃない。そう頭ではわかっていても、また捨てられるかもしれないという恐怖に支配されていく。
 ぱっと彼から離れて、とりあえず落ち着こうと深呼吸を繰り返す。大丈夫、まだ嫌われてはいないはずだからと、自分に言い聞かせて。

「どうして、か。難しいこと聞くな」
「気にしないでいいって言ったのに……」
「急にそんなこと聞かれたら、気にするに決まってるだろ。けど、そうだな……誰かを好きになるのに理由なんていらないと、俺は思う。理屈じゃねぇんだよ、誰かを好きになるってことはさ。だから、なまえのことが好きだと思ったから、好きなんだよ」

 答えになってるかはわかんねぇけどな。そう言って笑った楽くんの大きな手が、ぽんぽんっと優しくわたしの頭を撫でた。
 彼の真っ直ぐな言葉は、不思議とすとんと腑に落ちた。いつも思うけれど、楽くんが言うと何でも説得力があるからすごい。

「あ、あと「わたしなんか」って言うなって言っただろ?」
「あっ、ごめん……」
「おまえはこの世でたった一人、俺が好きになった女なんだぜ? もっと自信持てよ」

 でもまぁ、今までのじゃ足りなかったみたいだしな。これからはわたしなんかって言えなくなるくらい、もっと愛してやる。
 そう言葉を続けた彼がゆっくりとこちらに近付いて、逃すつもりはないと言わんばかりに後頭部に手を回された。



『Words Palette hug!』より
18.素顔で愛して(抱き寄せる、深呼吸、大きな手)


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