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言えない本心とエトセトラ



 好きになるわけない、なるはずがない。そうやって自分の中で線引きはしていたはずだった。それなのにどうして、私は好きになってしまったのだろう。アイドルである彼、二階堂さんのことを。

「ねえ、そこのお姉さん。今って時間あったりする?」
「……事務所内でナンパですか、二階堂さん」
「まあ、ナンパと言えばナンパかもね。お前さんにしか声掛けるつもりなかったけど」

 私にしか声を掛けるつもりがなかったとは、随分と物好きなナンパもいたものだ。彼はそんなことしないだろうけれど、芸能界に身を置いているなら綺麗な女性も可愛い女の子も選り取り見取りだというのに。

「それで、私を呼び止めた理由をお伺いしても?」
「そう焦らなさんな。立ち話もなんだし、ちょっとお兄さんに付き合ってよ」

 そう言いながら、二階堂さんは指に引っ掛けた鍵をくるりと一回転させた。行き先もわからないままに歩き出した背中を追って、私も歩き出す。
 彼が持っているのは果たしてどこの、というか何の鍵なのか。その疑問は案外すぐに解消された。

「はい、到着」
「……レッスン室?」

 二階堂さんの後に続いて着いたのは、事務所内にあるレッスン室だった。今日使われる予定がなかったそこは、当たり前だけれど施錠されており誰もいない。

「今誰も使ってないって言ってたから、ちょうどいいなって思って鍵借りたんだ」
「はぁ……自主練でもするんですか?」
「いやいや、だったら一人で来るでしょ」

 確かに、自主練をしようと思っているのならわざわざ私に声を掛けることなく、一人でレッスン室に向かうはずだ。それにもし誰かに声を掛けるとするならば、相手はおそらくIDOLiSH7のメンバーだろう。

「……で、結局なんなんですか。私をレッスン室に連れて来て、何が目的なんですか」
「いやその、目的っていうか……なんていうか……」
「…………帰っていいですか?」
「待って、帰らないで!? ある! ちゃんとあるから!」

 踵を返してレッスン室から出ようとすれば、何やら必死に止められてしまった。私に用があるなら早く言ってくれたらいいのにと思う反面、ちょっと焦ってる彼も可愛いなと思ってしまう。正直に言うと、さっき呼び止められた時もちょっとだけときめいてしまった。恋とは恐ろしいものである。

「……好き、なんだ。みょうじさんのことが」

 二階堂さんの告白を聞いて真っ先に思ったのは、これは都合のいい幻聴だろうか、だった。まさか告白をされるなんて思ってもいなかったし、そもそもわたしのことを好きだったなんて全然知らなかったのだ。驚くのも無理はないだろう。

「お前さんは上手く隠せてると思ってたみたいだし、まぁ実際、そこそこ上手く隠せてたと思うんだけど。俺は気付いちゃったんだよね。あぁこの子、俺のこと好きなんだな……ってさ」
「……気付いて、たんですか」
「まぁね、好きな子のことだから」

 俺の気持ちには気付いてないにしても、いつ言ってくれるんだろうって思ってたよ。お前さんの気持ちをさ。
 そう言葉を続けた二階堂さんは、ふーっと息を吐いてから再びこちらに向き直った。その表情は今さっき告白した時と同じく、とても真剣で。レンズ越しに私を見つめる瞳から、目が逸らせそうになかった。

「でも全然言ってくれそうにないし、自分から行くしかないんだなって腹を括ったわけよ」

 上手く隠せていると思っていた。事実、彼の言う通りそこそこ上手くは隠せていたんだろう。でも、肝心の二階堂さんに気付かれていたのなら意味がない。この気持ちは端から伝えるつもりなんてなかった。自分の心の中に留めて風化させていくつもりだったのに。
 いつから気付かれていたのかはわからないけれど、全部お見通しだったなんて。私が、私がどんな思いで必死に隠してきたと思っているのだろうか、この男は。

「もう隠さなくってもいいんじゃない? 言葉にして聞かせてよ、お前さんの気持ち」

 二階堂さんの気持ちを知ったところで、両想いだったとわかったところで、自分の気持ちを言葉にしてもいいとは思えなかった。
 彼はアイドルで、私は一般人。それも芸能事務所で働いている事務員だ。ステージでキラキラ輝く彼を守る為にも、言ってはいけない。わざわざリスクを生み出すようなことをしてはいけないから。
ふるふると首を振って言えないと意思表示をすれば、強がりめ……と返された。

「いいよ。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるからな」
「考えって……え、なんで近付いてくるんですか!?」
「考えがあるって言ったでしょうが。だからだよ」
「だからって言われても……! む、むりです!」

 何故か距離を詰めてくる二階堂さんから、逃げるように後ずさる。けれどそれもすぐに限界を迎え、壁を背に追い詰められてしまった。

「あのさ、そんなに逃げなくてもよくない? ちょっと傷付くんだけど……」
「だ、だってそれは二階堂さんが……!」
「俺だけのせいってわけじゃないでしょ。みょうじさんが素直に言ってくれれば、こんなことしてないよ」

 ごめん、嘘。素直に言ってくれてたら、嬉しくてもっと早くこうしてたわ。そう言った二階堂さんの手がこちらに伸びてきて、ぎゅっと抱き締められた。

「……やっぱり、言ってくれないの? 言われなくてもわかってるから、もう無理にとは言わないけどさ」

 私を包み込む彼の温もりに、今まで隠してきた気持ちが蓋を開けて出てきてしまう。感じる体温が、鼓動が、息遣いが、私の想いを引き出す。

「…………す、き」

 辛うじて音になったそれは、どれだけ空気を震わすことができただろう。二階堂さんには聞こえただろうか。そのくらい小さくて、聞き逃していてもおかしくはなかった。
 だけど、どうやら彼にはちゃんと聞こえていたらしい。私を抱き締める腕の力が更に強くなったのが、きっとその証拠だ。



『Words Palette hug!』より
21.耳に寄せた秘密(壁を背に、強がり、全部お見通し)


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