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唯一にして最大のわがまま



 アイドルを辞書で引くと偶像と出てくる。それはまた何とも的確な表現だと、ボクは思う。いつだって完璧を目指し、最高を作りあげてファンに姿を見せて、たとえ一時だけだったとしても夢を見せる。一夜限りの恋をしてもらう。それがボクたち、アイドル。
 だからこそ、アイドルの恋愛に対して忌避感を抱く人が多いのだろう。だってファンはアイドルに夢を見て、恋をしているのだから。

(アイドルの九条天でいる限り、絶対に誰かを好きになったりはしない。恋愛なんてしないと、そう決めていたはずなのに)

 頭ではわかっている。ボクがアイドルである限り恋愛なんてしてはいけない、誰かを望んではいけないと。わかっているはずなのに、心が叫ぶ。苦しいくらいに好きなんだと。
 それはアイドルでもなんでもない、ただの九条天としての感情だ。たった一人の女性を好きになってしまった、愛してしまった男の恋慕。

「……なまえ」
「ん? どうしたの、天くん」

 彼女の名前を呼んで、こちらに抱き寄せた。なまえを腕の中へ閉じ込めていると、ひどく安心する。大切で、どうしようもなく愛おしくて、そんな想いが溢れてしまうけれど。

「ありがとう。ボクを受け入れてくれて」
「それは私のセリフだよ。好きになってくれて、その気持ちを伝えてくれて、ありがとう」

 アイドルの恋愛にはリスクしかない。いつどこで誰が見ているかわからないし、油断をしていなくてもどこからか情報が洩れて、世間に晒されてしまうかもしれないからだ。もし万が一、そうなってしまったらファンを幻滅させてしまうし、何よりなまえに迷惑がかかる。それがわかっているから、ファンの為にも彼女の為にもこの気持ちを封印することが最善だった。
 なのに、止められなかった。愚かにも望んでしまった。彼女の、なまえの愛を受け取るのはボクがいいと。ボクだけであってほしいと、望んでしまったから。

「我慢ばかりさせていてごめん。きっとボクに不満もあるよね」
「うーん……まぁ、あると言えばあるかな。天くんは何でも一人で抱え込もうとするし、私を頼ったり甘えたりとか、全然してくれないから」
「これでも一応、甘えている……と思う」
「甘えるのが下手だなぁ、天くん」
「キミにだけは言われたくないんだけど?」

 ごめんと言いながら笑っている彼女は、全くもって悪いとは思っていないだろう。ボクは真面目に話していたというのに。だけど、なまえが上手く話を逸らしたのはわざとだとわかっている。ボクが罪悪感を覚えていること、申し訳なく思っていることにきっと彼女は気付いているから。
 その何気ない優しさに何度救われただろう。なまえはボクに甘えるのが下手だとよく言うけれど、キミの優しさにいつも甘えてしまっているんだよ。キミは気付いていないかもしれないけれど。

「好きだよ、なまえ」

 一度取ってしまったこの手を離すことは、おそらくもうできない。でも、ファンの悲しむ顔を見たいわけでもないから。だからボクの全てを懸けて、このわがままを叶えてみせる。なまえと共にいられるように、ファンが見ている夢がいつまでも覚めないように。



『Words Palette hug!』より
30.きっとこれが愛(苦しいくらい、溢れる、いつまでも)


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