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不格好ヒーロー



 掴まれた腕が少し痛い。わたしの手を掴んだまま無言で歩き続ける彼は、いつも明るく笑顔で話してくれるディノくんとは違って。どうすればいいのか、何を言えばいいのかもわからないまま、ただただ掴まれた手が引っ張られる引力に従って足を動かしていた。
 どのくらいの時間、そうしていただろうか。気が付けば自宅に帰って来ていて、彼は慣れた手つきで合鍵を使い玄関のドアの鍵を開けた。ガチャリとドアを開けたディノくんに促されて、玄関に足を踏み入れる。彼にぎゅうっと強く抱き締められるのと、ドアが閉まる音がしたのはほぼ同時だったと思う。

「……っ」
「ごめんな、一人にして」

 ようやく喋ってくれたことに安堵しながら、彼がこうなってしまったであろう出来事を思い返す。
 事の発端は、つい数十分ほど前のことだった。
 今日は午前中パトロールがあるけれど、午後からは特に何もなくてオフなんだというディノくんの誘いで、遊園地にデートに行く約束をしていた。ちょうどわたしも今日が休みだったし、遊園地にあるレストランの季節限定メニューも気になっていたので、嬉々として約束したのを覚えている。だけど当日である今日、サブスタンスの討伐によって当初の予定よりも遅くパトロールを終えたらしい。そのせいで待ち合わせの時間に間に合わず、わたしを待たせてしまったことを彼はとても申し訳なく思っていたのだろう。今から急いで向かうから! という旨の電話がかかってきた時、開口一番に物凄い勢いで謝罪をされた。本当にごめんと謝り倒すディノくんに、気にしてないから大丈夫だと伝えて、待ってるねと電話を切ったまではよかった。問題はその後、彼を待っている間に起きたのだ。
 ディノくんは仕事終わりできっとお腹が空いているだろうし、遊園地に着いたらまずは遅いお昼を食べるべきかな。わたしもお腹空いたし。などと考えていた時だっただろうか。知らない男の人に声を掛けられたのは。その人はどうやらナンパ目的でわたしに声を掛けたらしく、一人なのをいいことに断っても断っても引いてはくれなかった。彼氏を待っているのでと伝えても引き下がってはくれず、強引に腕を掴まれて連れて行かれるという寸前に、到着したディノくんが助けてくれて。彼の登場により、さっきまでのしつこさが嘘のように退散していく背中を横目に、ディノくんに助けてくれたお礼を伝えた。そのあたりから彼の様子が少し変で、冒頭へと繋がる。

「せっかく遊園地に行こうって約束してたのに、勝手にナマエの家に来ちゃって……それも、ごめん」
「……遊園地はまた今度、一緒に行こうよ。その時は開園と同時に入って、一日満喫するのもいいよね」

 これ以上彼が気にしてしまわないように意識しながら、なるべくいつも通り振る舞う。わたしを抱き締めている腕をそっと撫でると、さらに力が強くなった。さすがにちょっと苦しい。

「ディノくん、顔見たい」
「……どうしても?」
「うん、どうしても」

 だからお願い。そう言葉を続ければ、回されていた腕が少しずつ解けていく。それをいいことにくるりと振り返ると、綺麗な青と目が合った。その瞳はなにより雄弁で、彼の胸に渦巻いている複雑な感情が見て取れる。それが少しでも楽になるように、今度はわたしからディノくんを抱き締めた。

「俺はヒーローなのに、ナマエを守れなかった」
「え? 助けてくれたよ」
「そうかもしれないけど、そうじゃないんだ。もしあの時予定通りパトロールが終わっていたら、待ち合わせの時間に間に合っていたら。ナマエを待たせることもなかったし、男に言い寄られることもなかっただろ?」

 確かに予定通りであったならば、彼を待つことはなかったかもしれない。もし待ったとしても、ものの数分程度だっただろう。だけど正直、ナンパはわからない。されなかったかもしれないし、されたかもしれないし、こればかりは何とも言えないのだ。

「もしもの話は、いくらしても正解なんてわからないけれど。ディノくんは今日この街を守って、わたしを助けてくれたヒーローなんだから、それだけでいいんじゃないかな」

 だからそんなに落ち込む必要なんてないし、気にする必要もない。遊園地デートは楽しみにしていたけれど、予定を合わせて時間を作ればいつでも行けるから。ディノくんが怪我もなく無事に帰って来てくれれば、ただ一緒に居てくれたら、わたしはもうそれだけでいいんだよ。

「ところでディノくん、お腹空かない? わたしそろそろ限界だから、ご飯食べたいんだけど……」
「言われてみれば確かに、お腹は減ってるな。でも、もう少しこのままでいさせて」

 まだナマエのことを離せそうにないんだと言う彼は、きっともういつもの調子に戻りつつあるのだろう。それは何よりなのだけど、空腹のあまりお腹が鳴ってしまわないかだけが心配で。なんて色気のないことを考えながら、ディノくんの背中に回している腕の力を少し強くした。もう少しだけこのままでいたいのは、わたしも同じだったから。



『Words Palette Select me.』より
23.震える心臓(もう少しこのまま、なにより雄弁、離さない)


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