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結び直した赤い糸



 わたしはいつ不特定多数の一人から抜け出せるんだろう、あなたの特別になれるんだろうってずっと思っていた。でもフェイスくんにとってわたしは、いつまで経っても大勢いる彼女の内の一人のままで。最初はそれでもよかった。彼と付き合っているという事実だけで、一緒に過ごせる時間があるだけで幸せだったから。だけど、そのうち少しずつ胸が苦しくなることが増えて、その苦しさに耐え切れなくなったわたしはフェイスくんに別れを切り出した。彼はただあっさりと別れを受け入れて、まるで何事もなかったかのように帰って行ったのを、今でもよく覚えている。

(…………いつまで、好きなんだろう)

 フェイスくんと別れてから、全く連絡を取らなくなってからしばらく経つというのに、わたしはまだ彼の連絡先を消せていない。あんな人のことなんて忘れてしまえばいいのに、記憶から消してしまえばいいのに、未だにそれが出来ずにいた。
 気分転換にホットケーキでも焼いて、お気に入りの紅茶を淹れて食べようかな、なんて考えている時だった。スマホが一件の着信を知らせたのは。画面に表示されている名前を見て、通話に出ない方がいいのか、それとも出た方がいいのか迷う。そうこうしている内に着信音が鳴り止んでホッとしたのも束の間、再びフェイスくんから着信が。

「……も、もしもし」
「えっと……突然ごめんね。俺、フェイスだけど」

 二回もかけてくるなんて、何かあったのだろうか。そう思ってしまったわたしは、つい通話に出てしまった。こんな感じだから友達にも「未練タラタラじゃん。あんな男のことなんかさっさと忘れなよ」と呆れらてしまうんだろう。未練がましいなって自分でも思うけれど、仕方ない。まだ好き、なんだもん。

「あ、あの、もしかして何かあった……?」
「え?」
「だって、フェイスくんから電話がかかってきたのは初めてだったし、それに……わたしはもう、彼女じゃないから」

 わたしはもう彼女じゃない。ただ事実を言っただけなのに、どうしてこんなに胸が苦しくて痛いんだろう。もうとっくに別れたのに、本当のことなのに、どうして、こんな。

「……そうだね。確かにもう、キミは俺の彼女じゃない」
「……っ」
「ホントはもっと早く、それこそナマエと付き合ってる時に気付けたらよかったのにね」

 何を、とわたしが疑問を口にする前に、彼の声が画面越しに届いた。苦しくて痛くてどうにかなってしまいそうだったけれど、ひとまずフェイスくんの話に耳を傾ける。

「信じてもらえるかはわかんないけど、付き合ってた彼女全員と別れて来たんだ。大事なことに、気付いたから」
「……えっ」

 衝撃が凄かった。それはもう、軽く痛みとか苦しさが吹っ飛ぶくらいの衝撃。失礼かもしれないけれど、明日は土砂降りの雨かな、なんて思ってしまったくらいには、とても衝撃的だった。だってあのフェイスくんが彼女達と別れて、ということは今フリーだなんて信じられない。信じられる、わけがない。

「今更って怒られると思うし、怒られて当然だと思う。でも、ナマエと別れてから気付いたんだ。一緒に過ごせるだけで幸せだって笑って、いつも俺のことを気にかけてくれてたナマエを、好きになってたんだってことに」

 自分に都合のいい夢でも見ているのだろうか。ああそうか、夢なら納得がいく。突然フェイスくんから通話がかかってきて、彼女達と別れてきた、キミを好きになってたんだ、なんて話されて。

「……冗談、だよね? これは夢で……」
「冗談じゃないし、夢でもないよ。俺は至って真面目だし、本気で言ってるつもり。そうでなきゃ、ビンタとか腹パンとかされてまで、彼女達との関係を清算してないよ」

 どうやら夢ではないらしく、現実らしい。夢だって言われた方がまだ現実っぽいなぁ、なんて思ってしまった。夢じゃない。夢でないのだとしたら、わたしはどうしたらいいのだろうか。どう、したいんだろう。

「冗談なんだろうなって、思ってた」
「まぁ、正直そう思われても仕方ないよね」
「……本当に? 本気にしても、いいの……?」
「ホントだよ。誰でもいいんじゃなくて、キミがいいんだ。他の誰でもない、ナマエのことが好きだから」

 ずっとずっと、あなたの特別になりたかった。上辺だけじゃなくて、心のこもった愛の言葉が聞きたくて。それが今叶おうとしていて、嬉しさや苦しさで心がぐちゃぐちゃだ。視界がじわじわと滲んで、目頭が熱い。ぽろ、と涙が零れるのとわたしが口を開いたのは、おそらくほとんど同時だった。

「わ、わたし……わたしも、好き。今もずっと、ずっとフェイスくんが好きです……!」
「……うん。ありがとう」

 ありがとうと言ったその声は、わたしが今まで聞いてきた彼の声の中で、一番柔らかく優しい声をしていた。



『Words Palette Select me.』より
5.優位簒奪(本気にして、熱い、大事なこと)


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