遠くない未来への第一歩
まさか、自分がこんなことで悩む羽目になるとは。そう思いながらノヴァのラボへ向かう道中、ふと思い出すのは彼女のことだった。
ナマエが『もしよかったら、次のオフに出掛けませんか? マリオンくんとデートしたいなって思って』と連絡してきたことは記憶に新しい。以前ジャクリーンに「マリオンちゃま、ナマエちゃまとはいつデートに行くノ? 付き合っているのにまだ一回もデートしたことないなんて、有り得ないノ〜!」と怒られたことがあったが、ボクだって彼女と出掛けたくなかったわけじゃない。ただ、彼女と予定が合わなかっただけで。それが偶然にも次のオフは重なっていることがわかり、ナマエの方から誘ってくれた。そこまではいい。いいんだが。
(ボクの行きたい場所でいいと言われても困る)
そう、彼女は『マリオンくんの行きたい場所に行こう』と言ってきたのだ。それがナマエの優しさだということはわかるが、果たしてボクの行きたい場所へ行って彼女が楽しめるのかどうかわからない。それならばと、女の子が好きそうな店なんかを調べてみたものの、もっとわからなくなってしまった。その結果、同じ女の子であるジャクリーンの意見を聞いてみようと、ボクはノヴァのラボへ向かっていた。
プシュ、と小気味良い音を立ててドアが開き、ラボの中へと足を踏み入れる。
「あ、マリオンちゃま! いらっしゃいナノ〜!」
「本当だ。マリオン、いらっしゃい」
「いらっしゃい、マリオン。今、紅茶を淹れマスネ」
ぽてぽてとラボの奥へ歩いて行ったジャックは、言葉通り紅茶を淹れに行ってくれたのだろう。ジャックのことだ、ボクが話があってここに来たことに気付いているのかもしれない。
「マリオンちゃま、ジャクリーンの隣に座ってナノ! パパが焼いてくれたクッキーもあるノ!」
「そうそう。さっき焼き上がったばかりなんだけどね、綺麗に焼けたんだ〜。よかったらマリオンも食べてみてよ」
「ああ、ありがとうノヴァ」
ノヴァの焼いてくれたクッキーはほんのりと甘く、優しい味がした。相変わらず、ノヴァの作るスイーツは美味しい。サクサクとクッキーを咀嚼していると、紅茶を淹れてくれたジャックが戻ってきた。手渡されたボク専用のマグカップに口をつけて、温かいそれを一口嚥下する。さっきまで頭を悩ませていたからか、少しホッとした。
「それでマリオン、今日はどうしたの? 何か悩み事かい?」
「いや、悩みと言えば悩みなんだけど……ジャクリーン、少し相談に乗ってくれないか」
「もちろんナノ! ジャクリーン、マリオンちゃまの力になれるように頑張るノ!」
「ありがとう、ジャクリーン」
ノヴァとジャックに聞かれても特に問題はなかったので、二人にもその場に残ってもらい、話を聞いてもらうことにした。
「……ということなんだ、ジャクリーン。どこへ行くのがいいと思う?」
「難しい質問ナノ……レディは甘いもの、スイーツが好きだから、マリオンちゃまの好きなパンケーキ屋さんに行くのもいいと、ジャクリーンは思うノ」
「…………ナマエは、それで喜んでくれるかな」
ジャクリーンが言ってくれたように、スイーツが食べられるお店は行き先の候補として考えていた。ただスイーツと一口に言っても種類が多い。パンケーキ、アイス、クレープにケーキ、プリン……挙げ出すとキリがないほどに。数あるスイーツの中から、パンケーキを選んで本当にナマエは喜んでくれるのだろうか。……全く、こんなに悩むなんてボクらしくない。
「喜んでくれると思うよ。おれは彼女本人じゃないからあくまでそう思うってだけだけど、好きな人と過ごす時間は何より幸せで楽しいと感じるし、好きな人と食べた物はいつもより美味しく感じる。だからきっと、マリオンがどこに連れて行っても、彼女は楽しんでくれるんじゃないかな」
マリオンが好きになったのは、そういう子なんだろう? とノヴァのグレーの瞳が優しくボクを見つめる。ジャックも、ジャクリーンも優しくボクを見つめていて、大丈夫だと言わんばかりに微笑んだ。
「ノヴァ、ジャック、ジャクリーン。ありがとう」
「ふふっ。デート、楽しんできてね」
「たくさんお話を聞かせて欲しいノ!」
「ソウデスネ。楽しい話を聞かせてクダサイ、マリオン」
「……ああ」
もし、もしも。ナマエがこの中に居たのなら、と少し考えてしまった。だけどそう遠くないうちに、彼女をノヴァ達に会わせることになりそうだ。ボクの大切な人を、ノヴァ達にも好きになってもらいたいから。でもそれは、少なくともデートが終わってからだ。もう少ししたら部屋に戻って、ナマエに連絡することにしよう。ボクが考えた、ボク達の初めてのデートの行き先を。