君と味わう幸せ
ちょうどお昼時で忙しい時間帯だろうに、このお店はどこか落ち着いた雰囲気だった。おそらくオーナーのこだわりが詰まっているであろうお洒落な内装と、リラックスして料理を楽しんでいるお客さん達がそうさせているのかもしれない。
ぐうぅ〜とどこからともなく聞こえてきたお腹の音に、メニューに落としてた視線を上げる。すると向かいの席に座っている彼、ニコくんとぱちりと目が合った。
「……お腹すいた。まだ決まらない?」
「ご、ごめんね。先に頼んで食べてていいよ」
候補を絞れてはきているもののまだ決めかねているのでそう言うと、何を考えているのか彼がずいっとこちらへ近付いてくる。その拍子に青みがかったグレーの髪がさらりと揺れた。
「別にそれでもいいけど……決められないなら全部頼んだらいい。残りはおれが食べるから」
「えっ、全部!? それはさすがに多いというか、このテーブルには収まりきらないんじゃないかな……!?」
「届いたやつからすぐに食べれば問題ない」
「な、なるほど……?」
じゃあ注文すると店員さんを呼んだ彼は、本当にこのお店の全てのメニューを頼んでしまった。と言っても、ドリンクメニューを除いたフードとデザートのみの全てだけど。それでもなかなかそんなに注文するお客さんもいないからか、注文を受けた店員さんがそれはそれは驚いていた。むしろ驚きを通り越してドン引きさえしていた気がする。
「ナマエ」
「な、何?」
「何を食べるか迷ったらおれに相談して。一緒にいる時は全部頼んで、分けて食べよう」
悩むくらいなら全部頼んで、一緒に分けて食べようと言ってくれたその優しさが嬉しかった。食への執着が強いニコくんにとって、食べ物を分けるという行為は気を許した相手にしかしない、特別なことだと知っているから。
わたしにもそれだけ気を許してくれているんだなぁ、食べ物を分けてもいいと思ってもらえるくらい大切にしてくれているんだなぁと改めて実感して、胸にほんわりと温かいものが広がった。
「ありがとう、ニコくん」
「どういたしまして」
お礼を伝え終えたタイミングで、お待たせしましたと店員さんが出来たての料理たちを運んで来てくれた。まるで真っ白なキャンバスを彩っていくかのように、色鮮やかで様々な料理たちがテーブルを埋めていく。まぁこの色彩たちは、そう時間がかからない内に彼の胃の中へ収まるだろうけれど。
「いただきます」
「いただきます」
食べる前の挨拶はきちんとしてから、カトラリーを手に取って食べ始める。わたしは自分の目の前に置かれたオムライスを一口分スプーンで掬い、口へと運んだ。とろとろふわふわの半熟卵のオムライスは口の中へ入れた瞬間、幸せの味がした。このお店特製だというデミグラスソースととても合っていて、すっごく美味しい。ほっぺたが落ちそうなくらい美味しいという表現は、きっとこういう時に使うのだろう。
「おいしい……!」
「もぐもぐ……ナマエ、こっちも美味しい」
既にお皿の半分以上を平らげたらしいニコくんが、器用にくるくるとフォークにパスタを巻き付け、それをすっとこちらに差し出した。
食べてほしいからそうしているだけ。頭ではそうわかっていても、所謂あーんはやはり気恥ずかしい。それでも差し出されたフォークをぱくりと口に含み、濃厚なソースがよく絡んでいるパスタをもぐもぐと咀嚼していく。彼が食べさせてくれたカルボナーラもすごく美味しかった。わたしもお返しに一口あげようと思い、再びオムライスを一口分掬う。
「ニコくん、あーん」
「もぐ……?」
残っていたカルボナーラを綺麗に食べ終え、続いてアクアパッツァを食べ始めていた彼の意識がこちらに向いた。咀嚼していたものをごくんと嚥下してから、わたしが差し出したスプーンを口に含む。
「……おいしい」
「もう一口いる?」
「いる」
こくりと頷いたニコくんに、再びスプーンでオムライスを一口分掬って差し出す。もぐもぐと美味しそうに咀嚼する彼を見ながら、自分の口にもオムライスを運ぶ。やっぱりそれは、幸せの味がした。