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- ナノ -

羽風薫



 弊事務所に限らず、このアンサンブルスクエアビル内にある事務所に務めている同僚は、少なからずみんなアイドルへ憧れの気持ちを抱いているようで。彼等が安心して仕事が出来るように、全力で仕事に励んで支えるんだと、やる気に満ちた表情で言っていたっけ。私は彼女達のように憧れの気持ちなんて持ち合わせていないから、仕事に対してそこまでの熱量はないけれど。ただ給料に見合う仕事をする。それだけだ。

「おはようございます」

 パソコンのモニターと睨めっこしながらキーボードを叩いていると、事務所の入口の方から挨拶をする声が聞こえた。事務員は既に出勤し終えている時間なので、その声の主はおそらくうちのアーティストだろう。きっと誰かが対応をしてくれるだろうからと、声が聞こえた方には見向きもせずに仕事を続ける。

「あの、みょうじさん」
「……はい?」

 名前を呼ばれたことにより、キーボードを叩いていた手を止めた。顔を上げると、そこには弊事務所に所属しているアイドル、UNDEADの羽風薫の姿があった。

「どうしました? 羽風さん」
「お仕事中にすみません。俺宛に台本が届いていると聞いたので、取りに来たんですけど……」
「台本、ですか……少々お待ちください。確認してきます」

 椅子から立ち上がり、渡す予定の台本が置いてありそうな心当たりの場所へ向かう。所属しているアーティストが多いと、いちいち誰宛の何が届いたなんて情報は共有されない。ただそういった物が置いてある場所は見当がつくし、ちょっと探せば見つかるだろう。

「UNDEAD宛の物は……このあたりか。台本は……あ、これね」

 羽風さんと名前の書かれた付箋が貼られている台本を見つけ、それを手に取る。彼を待たせているデスクまで急いで戻り、お待たせしましたと台本を手渡した。

「こちらで間違いないですか?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、みょうじさん」
「いえ。これも仕事ですから」

 用件はそれだけかなと思い途中だった仕事に戻ろうとすると、再び羽風さんに名前を呼ばれた。まだ何かあったのだろうか。

「今度は何でしょう?」
「これ、もしよかったらどうぞ」

 そう言って彼が手渡してきた物は、のど飴だった。どうしてこれを私に? と内心首を傾げていると、どうやら羽風さんは、同僚が最近私が風邪気味っぽいと話しているのを聞いていたらしい。それでわざわざのど飴をくれるなんて、羽風さんって結構優しい人なんだな。

「エアコンが稼働している場所にずっといると、喉が乾燥しちゃいますから。お大事にしてください」
「あ、ありがとうございます」

 軽く頭を下げると、彼は「それじゃあ俺はこれで。仕事に行ってきます」と事務所を後にした。残されたのは手のひらの上にコロンと転がる、のど飴がひとつ。ピリッと袋を破いて、羽風さんがくれた優しさの欠片を口に放り込む。
 給料に見合う仕事をするだけ。その考えは変わらないけれど。でも、貰った優しさの分くらいはお返しをしなければ。そう思いながら、今度こそ途中だった仕事に戻るのだった。


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