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月永レオ



 ふんふふ〜ん♪ と楽しげな鼻歌と、さらさらとペンが紙の上を踊る音が聞こえる。何だか嫌な予感を覚えてキーボードを叩いていた手を止めた。鼻歌が聞こえる方へ視線を向ければ、事務所の床に座り込んでいるオレンジ色が視界に飛び込んできた。

「…………はぁ。またですか、月永さん」

 辺り一面には五線譜が散らばり、既に出来上がった曲たちは無造作に放置されていた。せっかく曲という形になって生まれてきたというのに、この扱いは可哀想な気がする。それから、事務所の床を散らかさないでほしい。そう思って、彼の手によって書き込まれた五線譜を拾い集めていく。

「……んん? 拾ってくれてるからスオ〜かと思ったけど、違うな? おまえ誰だっけ?」
「ただの事務所のデスクです」
「デスクって名前なのか? 変わった名前だな〜?」
「いえ、名前ではなくてですね……って、以前にも同じやり取りをして名乗ったはずなんですが」

 拾い集めた五線譜を軽く揃えて、バラバラにならないようにクリップで留めながらそう言うと、月永さんは本当に覚えていないのか「そうだったっけ?」と首を傾げている。つい先週の出来事だというのに、この人の記憶力は大丈夫だろうか。

「今度は覚えるから、おまえの名前を教えてくれ!」
「この際、私の名前はどうでもいいです。そんなことより、いい加減散らかすのをやめてください。作曲をするなとは言いませんから」
「え〜、ケチ! おれはこの事務所に所属してるアイドルだし、ちょっとくらいいいだろ〜?」
「全然全くこれっぽっちもよくないですね」

 百歩譲ってここで作曲するのはいいとしよう。いや、正直あんまりよくはないのだけど、少なくとも散らかさないでいてくれたらいいのだ。うちの事務所は新設で人が少ないとはいえ出入りはあるし、通り道である床を五線譜まみれにされては困るわけで。作曲をするなと言っているわけではないのに、どうしていつも床で作曲をして散らかすのだろうか、このアイドルは。

「じゃあこうしよう。おまえの名前を教えてくれたら、おれは床で作曲しないし、散らかさない」
「……わかりました。その条件を飲みましょう」
「おおっ、物分りがいいな! 交渉成立だ!」
「あなたに名乗るのは初めてじゃないですけど……私はみょうじなまえ。この事務所、ニューディでデスク仕事をしています」

 月永さんが私の名前を忘れることなく覚えて、床を散らかさないという約束を守ってくれるのかどうか、今の私にはわからない。けれど、彼の声が再び教えた私の名を紡ぐ度に、もしかしたら、と淡い期待を抱いてしまう自分がいた。今度は忘れないでくださいね、と。


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