Other | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

それを恋とは、まだ知らず



 こつこつ、と小気味よく響く足音はどうやらこちらへ向かって来ているらしい。ピタリと扉の前で音が止むと、勢いよく扉が開け放たれた。

「おはようございます! 蒼生さんっていらっしゃいますか?」
「お、なまえじゃん! 蒼生さんならそこにいるよ」
「あ、夏樹くん。やっほー!」

 特にノックもせずに扉を開け放ったみょうじは、それを気にすることもなく夏樹と楽しそうに話している。今は耀さんと司さんが外回りで席を外しているからいいものの、二人がいたら即追い出されていただろう。

「おい、みょうじ」
「はい! って、名前で呼んでくださいっていつも言ってるのに!」
「別にいいだろ。お前は同じ班ってわけでもねぇし」
「それはそうですけど……今日もつれないなぁ、蒼生さん」

 俺に用があって来たんじゃないのか。それを言いたかっただけなのに、どうしてこいつのペースに巻き込まれてしまうのか。まぁ、夏樹と馬が合う時点でトラブルメーカーとでも言うべき存在であることは確かだったし、仕方ないのかもしれないが。

「それで、お前は俺に用があって来たんじゃないのか」
「あ、あぁ! 忘れてました!」
「……何のために来たんだよ」
「んー……蒼生さんに会うため?」
「ひゅ〜! なまえってば熱烈〜!」
「夏樹、お前は早くその山片付けろ」

 おそらく集中力が切れてきたのだろう夏樹の前にある書類の山を指差すと、ぶーぶーと文句を垂れながらも再び書類との格闘を始めた。それを確認してから、みょうじの方に向き合う。

「えっと、これうちと合同で追ってるヤマの追加情報です。服部さんはいらっしゃらないみたいなので、ひとまず蒼生さんに預けますね」
「耀さんのデスクにでも置いておけばいいだろ」
「実は私、この後外回りなんですよ。蒼生さんにも付き合ってもらえないかなーって思って、資料をお渡ししました!」
「は?」

 夏樹ほどではないものの俺も片付けなければならない書類はまだ残っているし、別件で取り調べの予定が入っていたはず。彼女の外回りに付き合ってる余裕なんて、持ち合わせていない。

「なーんて、冗談ですよ! 外回りはうちの先輩と二人で行くので大丈夫です! 資料については、服部班にいた人間に渡せと言われてただけなので」
「……はぁ。資料は確かに預かった。みょうじは早く戻れ」
「はーい、ちゃんと帰ります。それじゃあ失礼しました〜!」

 バタンと扉が閉まると、一気に静かになった。みょうじから預かった茶封筒はひとまず耀さんのデスクの上に置き、一応書き置きのメモを添えた。

「なまえって度胸ありますよね〜」
「何だよ、突然」
「前から思ってたんですけど、周りから怖がられてる蒼生さんに臆せず話しかける女ってなまえくらいじゃないですか」
「それがどうしたんだよ」
「別に〜? ただ、あいつは蒼生さんのことを誤解せずにちゃんと見てくれてるんだなー、って」

 後輩としてはそれが嬉しいんだと言った夏樹は、今度はカタカタとキーボードを叩き始めた。紙の擦れる音と、キーボードを叩く音しか聞こえない静かな服部班。目を通している途中だった書類を手に取りながら、ふと台風のような彼女のことを考える。

(騒がしいが、まぁ……誤解されてないのは面倒くさくねぇのかもな)

 今はまだ、それ以上でも以下でもない。みょうじがどうしてやたら俺に構うのか、その理由がわかるのはまだまだ先のことだろう。

[ back to top ]