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「#エロ」のBL小説を読む
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過剰摂取にはご注意を



 フォークで切り分けて口に含んだケーキは、甘い。けれどしつこいわけでも、甘すぎるわけでもない美味しいそれを咀嚼しながら、目の前に座っている彼へちらりと視線を向ける。柔らかく微笑んでいる萩原くんは、このケーキと同じかそれ以上に甘かった。
 今居るお洒落なカフェは、最近女子の間で人気のお店らしい。雑誌にも載ったことがあるらしく、店内では女性客とカップルが話に花を咲かせていたり、ケーキやコーヒーなど各々好きな物を堪能していた。

「美味そうに食ってるけど、気に入った? ここのケーキ」
「……まぁ、うん。美味しいから」

 そっか、よかった。そう言った彼はコーヒーの入ったマグカップに手を伸ばして、それに口をつけた。ただコーヒーを飲んでいるだけだというのに、顔面偏差値の高い男はそれだけで絵になるのだからすごいと思う。今だってほら、ちらちらと女性客からの視線が萩原くんに向いている。
 そう、彼はとても整った顔をしているのだ。そんなイケメンな萩原くんの好きな人がどうしてわたしなのか、考えるのが何度目かもわからない疑問を浮かべながら、再びケーキを頬張った。
 そもそもわたしと萩原くんは、たまたま同じ大学の同じ学部に通っていたというだけの赤の他人だった。当時から彼は女子からの人気が高かったのでわたしは一方的に知っていたのだけど、向こうは認識さえしていなかったと思う。そのまま特に関わることもなく大学を卒業し、数年後。偶然その場に居合わせてしまった爆破予告の現場に、警察官になっていたらしい萩原くんも居て。いつ爆弾が爆発するかわからない恐怖を覚えつつも、まさかの再会に驚いたものだ。一番驚いたのは、わたしのことを認識していないと思っていた彼が、何故かわたしのことを知っていてかつ覚えていたという事実だろうか。
 そんな一件があって以来、赤の他人のはずだった関係は知り合いに昇格した。だけどもうそんなに関わることもないだろうと思っていたのに、連絡先を交換した上にデートみたいなことをしている。誘いに応じてしまうわたしもわたしなのだろうけれど、予定が入っていない限りは断る理由もないので、今日もこうしてたぶんデートなんだろうという時間を彼と過ごしてしまっていた。

「なまえちゃんもこういうとこ好きかな〜って思ってさ、一緒に来たかったんだよね」

 にっこりと笑う彼から視線を逸らして、ティーカップに口をつけた。
 確かにこのカフェのお洒落な内装も、美味しいケーキも紅茶も好きだ。また来たいなと思ったくらいには。でもなんというか、別にわたしでなくてもこのお店は好きなのではないかと思ってしまう。女子の間で人気のカフェならば、おそらく大半の女子は好きだと感じるのではないだろうか。

(…………もしかして、遊ばれてる?)

 それは、可能性の一つとして考えていたこと。
 黙ってその場に立っているだけでも逆ナンされてそうなほど、萩原くんはモテていた。いや、現在進行形でモテている。だからこそ彼からの告白は信じられなかったし、今でもあまり信じられていない。
 こうして彼と二人で過ごす時間は存外心地が良かったけれど、もし遊ばれているだけなのだとしたら早く終わらせなければ。萩原くんのことを、好きになってしまう前に。

「……あの、萩原くん」
「ん?」
「今まで誘ってくれてありがとう。でも、今後は大丈夫だから。別の子でも誘って」

 わたしがそう言うと、カップをテーブルに置いた彼が真っ直ぐにこちらを見る。その視線から逃げるように俯けば、先程食べ終わったケーキが乗っていたお皿が視界に入ってきた。今度このカフェに来る時はわたし一人だろうなと思いながら、シンプルなのに可愛いデザインのそれを見つめた。

「もしかしてなんだけど、遊ばれてるんじゃ……とか思ってたりする?」
「それは……」
「あー、図星だったか」

 結構いい感じかな〜って思ってたけど、なまえちゃんにはそう思われてたのかぁ。そう言葉を続けた声色はどこか寂しげで、思わず俯いていた顔を上げた。
 萩原くんが笑みを浮かべているのはさっきと変わらないのに、少し傷付いたような、仕方ないと諦めているような、今のはそんな微笑みで。罪悪感で少し胸が痛んだ。

「なまえちゃんが信じてくれるかはわかんねぇけど、俺だって誰とでもデートしてるわけじゃないよ」

 今は好きな子がいるから、デートに誘うのも行くのもその子だけ。ま、その子は全然俺の気持ち信じてくれねぇんだけどさ。苦笑いしながらそんなことを言われてしまったら、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。萩原くんはモテるから、わたしじゃなくてもいいはずなのに。なのに、どうしてわたしなんだろう。

「萩原くん、あの……」

 彼の手がこちらへ伸びてきて、わたしの手をそっと掴んだ。そのまま萩原くんの方へと引き寄せられて、彼の柔らかな唇がわたしの指先に軽く触れた。

「っ!?」
「先に言っとくけど、こういうことすんのは好きな子にだけだから」

 でもこれで、俺がなまえちゃん好きだってこと、少しは信じてもらえっかな。
 掴まれていた手は、いつの間にか逃がさないと言わんばかりにきゅっと握られていて。顔を覗き込んでくるその視線も、恋人に向けるかのように甘い。今のわたしには甘すぎるくらいだ。

「好きだよ、なまえちゃん」

 とうとう耐えきれなくなったわたしは、またしても俯いてしまった。
 この調子で口説かれてしまうなら、萩原くんに落ちてしまうのも時間の問題な気がした。だって、遊ばれている可能性があるかもしれないからと、好きになってしまわないよう自制をする必要がないから。あとはもう、その甘さに落ちるだけ。



『Words Palette Select me.』より
1.恋に落ちる音(好きな子にだけ、覗き込んで、甘すぎる)


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