キッチンの方からふわふわと漂ってくる美味しそうな匂いに、ぐぅ、とお腹が鳴って空腹を訴えてきた。鼻腔をくすぐっては食欲が刺激されるいい匂いに、誘われるようにしてキッチンへ向かう。そしてひょっこりと中を覗き込めば、そこにはいつものように料理中のネロの姿があった。
「ネロ、今日のご飯はなにー?」
「オムライスだよ。誰かさんが食べたいって言ってたからな」
「その誰かさんって、もしかして私……あ」
くるりとこちらを振り返った彼の腰に巻かれているエプロンは、リボンが解けかかっていて。それを指摘したものの、今は手が離せないからそのままでいいと言われた。だけど解けてしまったらエプロンが落ちてしまうし、それは困るだろう。
「じゃあ、私が結び直すよ。ネロはそのまま料理を続けてて」
そう言って彼の背後に回り、リボンを結び直すべく後ろから抱き締めるような形でネロのお腹のあたりに腕を回した。解けかけているリボンを手に取って一度解き、それをキュッと結び直す。見えないからやりにくかったけれど、たぶん結べたはず。形は不恰好になっちゃったかもだけど、見えないのでそこは許していただきたい。
「……あんた、結構大胆だな」
「え? あ、いや、これは違……っ! リボンを直しただけで!」
そう、私は解けかけていたエプロンのリボンを結び直しただけ。本当にただそれだけなのだけど、傍から見れば私が後ろからネロに抱きついているように見えることだろう。さっきまでは全然そんなことなかったのに、意識してしまうとこの体勢でいるのが恥ずかしくて。頬が、あつい。
「ははっ、わかってるよ。ありがとな、なまえ」
ぽんぽんと私の頭を撫でると、彼は何事もなかったかのように、再び器用にフライパンを操り始めた。
(……そっか。照れてたのって私だけなんだ)
私だけ照れているのが恥ずかしくて、ちょっと悔しくもあって。そう思いながらネロの元を離れたので、私は知らなかった。実は彼もあの時照れていて、耳がほんのりと赤く染まっていたことに。