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甘え下手とチェリーパイ



 ガチャッと音を立てて扉を開くと、ふわふわと漂う甘い匂いが鼻腔をくすぐった。いい匂いだなーと思いながらキッチンの方に向かうと、エプロン姿の彼女がくるりとこちらを振り返った。

「あ、エースくん。おかえり」
「ただいまー。めっちゃいい匂いするけど、何作ってんの?」
「お菓子をいくつか。テーブルにさっき焼いたチェリーパイがあるから、食べていいよ」
「マジで!?」

 わたしはまだ作業があるからと言ったなまえは、器用に泡立て器を操る。がしょがしょと音を立てながら生地を混ぜて、それを型に流し込む。トッピングなど何もせずに型をオーブンに入れたから、今焼いてるのはスポンジケーキかな。

「なぁ、お前は食わねーの? それが焼き上がるまで暇だろ?」
「フルーツ切ったり、生クリーム泡立てたりしないといけないし、暇ではないかなぁ」
「あ、それもそっか。つーか、何で今日に限って忙しなくお菓子作ってんだよ。いつもは作ってもせいぜい1個じゃん」

 なんとなく、何かおかしいとは思っていた。なまえはテーブルにあるチェリーパイを食べていいと言っていたが、テーブルに並んでいるのはチェリーパイだけじゃなかった。チーズケーキ、クッキー、フィナンシェなどなど、数種類のお菓子が並んでいた。この調子だと、冷蔵庫にもプリンとか冷やして食べる系のお菓子が入ってそう。

「今日、何かあっただろ」
「……何もないよ」
「嘘つけ。じゃあ何でこんなにお菓子作ってるわけ?」
「それは…………久しぶりにとことんお菓子を作りたいなって、思ったから」

 そう言った彼女は、さっと目を逸らした。真っ直ぐに見つめるオレから逃げるように。
 嘘をつくなら、もっと上手くつけよ。少なくともオレはなまえの彼氏で、そんな見え見えの嘘に騙されるほどバカじゃねぇっつの。

「あのさ、そんな見え見えの嘘がオレに通じると思ってんの?」
「エースくんなら、見て見ぬ振りをしてくれるかなって思ったんだけど……なん、で……」

 再びこちらに向けられた黒曜の瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。ほら、やっぱり何かあったんじゃん。

「お前は何でいつも1人で抱え込むんだよ! ……もっとオレに頼れよ」

 華奢な肩を抱き寄せて、柔らかい体を腕の中に閉じこめる。彼女からふわりと甘い匂いがするのは、さっきまで大量に菓子を作っていたからだろう。そしてその理由は、何があったのかはわかんねーけど、なまえが落ち込んでるから。

「……ごめんね、ありがとう」

 風が吹けば消えてしまいそうな小さな声でそう呟いたなまえは、おずおずとオレの背中に手を回した。ようやく甘えてくれたな。そう思いながら、オレは甘え下手な彼女を抱き締める腕に力を込めた。

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