黒板を走るチョークの音と、教科書を片手に説明している先生の声。それらをぼんやりと聞き流しながら、俺の視線はある一点と窓の外を行ったり来たりしていた。シャープペンシルがノートの上を走る度に揺れる髪と、書き取るのに邪魔なのだろう、その髪を耳かける仕草。他の誰かが同じことをしていても目には止まらないのに、どうしてかみょうじさんだけは特別らしい。
とくべつ。それを意識した瞬間、かぁっと顔に熱が集まって、思わず彼女の後ろ姿から視線を逸らした。熱を冷ますように窓の外に視線を向けると、どこまでも青い空が広がっている。
あ、次の曲、今の心境を歌詞にしてみたらどうかな。そんなこと考えていたからか、俺を呼ぶ先生の声は聞こえなかった。
「秋山。秋山隼人、聞こえないのか?」
「は、はいっ!」
二度目の呼び掛けではっと我に返った俺は、慌てて立ち上がる。ふとこちらを振り返った彼女はくすりと笑っていて、せっかく忘れていた熱がまた、戻り始めた。
「……今日はここまで。秋山は次の授業で当てるからな」
授業の終わりを知らせるチャイムが響き渡る中、先生はそう言い残してさっさと教室を後にした。
助かった……と胸を撫で下ろしていると、秋山くん、と俺を呼ぶ声がした。
「さっきはよかったね、タイミングよく授業が終わって」
「あっ……みょうじさん」
視線を上げると、くすくすと笑っている彼女がそこにいた。いつも俺が目で追ってしまう、彼女が。
「今回は助かったけど、でも次は当てられちゃうからなぁ……」
「秋山くん、古典は苦手?」
「うーん……そんなに得意ではない、かな」
「そっか」
じゃあ、私が教えようか。幻聴でなければ、確かに彼女の口からそう聞こえた。
「えっ、いいの?」
「もちろん。私は特に部活に入っていないし、秋山くんの時間がある時にでも」
都合のいい日にでも声掛けてね。みょうじさんはそう言うと、それじゃあと自分の席へ戻って行った。それを見ていたのだろう、ハルナがにやにやした顔でこちらへやって来る。
「よかったな、ハヤト!」
「う、うるさいぞハルナ!」
はいはいと言うハルナは、未だにやにやと笑っている。ああもう、からかいに来ただけならやめてほしい。というか、俺が彼女のことを好きだっていつから気付いていたんだろう。それを聞こうにも、ハルナは相も変わらず笑っているだけ。答えてくれる気はなさそうだ。
「頑張れよ」
「……うん、ありがとう」
ハルナがぽんっと俺の背中を叩くのと、予鈴が鳴るのはほぼ同時だったと思う。慌てて自分の席に帰って行く背中から視線を外して、机の上に出しっぱなしだった教科書とノートを閉じた。次にこれを広げるのはみょうじさんに教わる時だろうな、と思いながら。