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寂しさはキスで塞いで



 用事があるから先に帰るけど、ごめんねと申し訳なさそうに謝るクラスメイトを見送って、再び視線を机に落とした。あとは日誌を書けば日直の仕事も終わるし、そんなに時間もかからないだろう。そう思いながら手を動かしていると、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

「類くん?」
「やあ、なまえ。日直の仕事中かい?」

 ひらりと手を振った彼がこちらへやって来て、わたしが座っている前の席の椅子に腰を下ろした。

「見たところ君一人のようだけど、もう一人の日直は帰ってしまったのかな」
「さっきね。今日は外せない用事があって早く帰りたいって言ってたし、あとは日誌を書くだけだったから」
「なるほど。一人でも問題ないから、その子を先に帰したというわけだね」

 動かす手はそのままに頷けば、なまえは優しいねと柔らかい声が耳をくすぐった。ふと顔を上げると、微笑んでいる類くんと目が合う。

「……類くんはこんなところに居ていいの?」
「ああ、今日は万全の状態で最高のショーをできるようにと、度々設けている休みの日でね。こうして愛しの彼女に会いに来た、というわけさ」

 彼はフェニックスワンダーランドのキャストとして働いているから、土日祝日はもちろん、平日も学校が終わったあとステージでショーをしている。だから、一緒に過ごせる時間は少ない。でも大好きなショーを仲間と一緒に作り上げている類くんが好きだし、一緒に過ごせる時間が少ないことは承知の上で付き合っている、のだけど。

(……寂しくない、わけじゃない)

 言ってしまったら彼の負担になることはわかっているので、口にしたことはないけれど。放課後に彼氏とデートするんだと話すクラスメイトや、街で仲良く仲良く歩いているカップルを見ると、心のどこかで感じていた寂しさが出てきてしまう。それを振り払うように止まっていた手を動かして、日誌を書き上げた。

「よし、できた。じゃあわたし、これを職員室に……んっ!?」

 持って行くね、と続けるはずだった言葉は、類くんの唇によって遮られた。離れて、触れて、また離れたと思ったら唇が重なって。カツン、と机の上からシャープペンが転がり落ちた音が聞こえて、それが合図のようにようやく触れていた唇が離れた。

「……類くん」
「おや、そんな顔で睨まれてもねえ。子猫の威嚇のようで可愛いだけだよ」

 フフ、とまるでいたずらが成功した子供のように、彼は楽しそうに笑う。今度こそ椅子から立ち上がろうとするのだけど、やっぱりそれは彼の手によって叶わない。

「……寂しい思いをさせていて、すまないね」
「べつに、寂しくな……っ! なんで、耳触って……!」

 類くんの大きな手がわたしの耳に触れる。輪郭をなぞるように撫でたり、かと思えばふにふにと耳朶を触ったり。くすぐったいし、背中のあたりがぞわぞわするからやめてほしい。

「さっきのキスのせいか、赤くなっている耳が可愛いと思ってつい。その様子だと、なまえは耳が弱いようだね」
「も、もういいでしょ!? わたし、職員室に行き……って、なんでまた近づいてくるの!?」

 またキスされる。そう思ってここは教室だし、いつ人が来るかもわからないし、待ってって言ってみても、何故か類くんは待つつもりがないらしく。

「待たない」

 じわじわと近づいてくる彼の金糸雀色の瞳に、わたしが映り込む。類くんの瞳に映り込んでいるわたしは、どこか期待しているようにも見えて。教室の窓から差し込むオレンジ色を横目に、ふたりのくちびるが再び重なった。



『Words Palette two live together』より
11.スイッチを押す吐息(いたずら、弱い、待たない)


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