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アメジストに狙われて



 このビル、ESは夜間はともかく昼間は人が多い。各事務所で働くスタッフ、事務所に顔を出したりレッスンに励むアイドルに、所属アイドルたちを支えるプロデューサーなどエトセトラ。そんな多くの人が行き交うビルの中で、人目に付かない場所というのは割と限られてくる。その数少ない場所の一つがこの非常階段だ。基本的に上下階への行き来はエレベーターを使用するので、わざわざ非常階段を使う人はほとんどいない。その為、ここは穴場スポットなのだ。
 だから、ここであれば早々見つかることはないだろう。そう考えていたわたしは、今日もここで一人、息を潜めるようにしてお昼ご飯を胃に詰め込んでいたのだけど。

「おや、こんな所にいらっしゃったのですね。みょうじさん」

 不意に聞こえてきた声にびくりと肩が跳ねる。まるで錆び付いたからくり人形のようにぎこちなく振り返れば、声の主である伏見さんの姿が視界に飛び込んできた。

「とは言え、貴女がここでよく昼食を食べていることは存じておりましたが」

 必死に隠していたわけではないし、いつかはバレるだろうなと覚悟もしていた。けれど彼の口ぶりから察するに、随分と前から知っていたのだろう。知っていたのにある程度時間を置いてから来たのは、わざと泳がせていたからか。

「さて、そろそろ追いかけっこは終わりにしましょう」

 コツコツ、と伏見さんが階段を下りる音が響く。そうして足を止め、わたしの隣に腰を下ろした彼がこちらを見つめる。透き通るような綺麗な紫色の瞳は、まるでアメジストみたいで。その瞳に、今はわたしだけが映っていた。

「……何度言われても、答えは前と同じ。伏見さんの気持ちは嬉しいですが、お応えすることはできません」
「その理由も、以前と同じでしょうか」

 こくんと頷いて、わたしを映していた瞳から目を逸らす。
 彼は、伏見弓弦はアイドルだ。そしてわたしはただの事務員。大切な商品であるアイドルとは違い、居なくなれば替えの利く一般人。そんなわたしが、アイドルからの告白を受け入れられるわけがなかった。否、受け入れてはいけない。

「伏見さんのことは、好きです。あくまで一アイドルとして、ですが。職場に私情を持ち込むつもりはないですし、あなたを恋愛感情で好きになることはありません」

 だから、これ以上はやめて。わたしを追いかけて来ないでほしい。そう思う反面、彼の瞳にわたしが映ることはもうないのだと思うと、少しだけ胸が痛んだ。自分のことながら、思考と感情がちぐはぐだ。

「……そんな顔をしているのに、ですか?」
「えっ?」

 そんな顔とはどんな顔だろうか。自分ではわからないけれど、こちらを覗き込む伏見さんの表情は何故か嬉しそうに見える。どうやらわたしは、彼が喜ぶような顔をしているらしい。

「ふふ。もう少し、と言ったところでしょうか」
「もう少しって何が……」
「あぁ、もうこんな時間でしたか。そろそろお昼休憩も終わってしまいますね」

 明らかに話を逸らされた気がするけれど、腕時計で時間を確認すると伏見さんの言う通り、もうお昼休憩が終わる時間だった。スタプロの事務所からそう離れていない階の階段に居るとはいえ、急いで戻らなければ。そう思って立ち上がろうとすると、すっと目の前に彼の手が差し出された。

「階段で転びやすいですから。よろしければどうぞ」

 わざわざ手を借りなくても転ぶことはないと思うのだけど、せっかくの好意を無下にするのも悪いので、伏見さんの手を借りることにした。きちんとケアしているのだろう、綺麗な手に自分のそれを重ねる。ありがとうございますとお礼を言おうとしたわたしの耳に、彼がぽそりと呟く。

「わたくし、狙った獲物は逃さない主義ですので。どうかお覚悟を」
「……!」

 上手く躱して逃げ切るつもりでいた。逃げ切れるつもりでいた、のに。にっこりと穏やかな笑みを浮かべる伏見さんから、どうしても逃げ切れる気がしなかった。
 もしかすると、アメジストのような瞳にロックオンされたその瞬間から決まっていたのかもしれない。彼の手に捕まって、逃げることはできないのだと。伏見さんのことを一アイドルとしてではなく、一人の男性として好きになるのだと。



『Words Palette hug!』より
15.屋上物語(人目に付かない、ちぐはぐ、息を潜める)


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